| Tweet 「アイヌ神話・民話体系」全60話 第26話 夜明けを運ぶ白い狼https://ganta.sa-suke.com/1026.html | |
Ⅰ 自然とカムイの章(1〜15話) 第1話 風のカムイが最初に歌った日 第2話 大地を抱くクマのカムイ 第3話 川の女神トゥラノの涙 第4話 火のカムイと雪のカムイの争い 第5話 海霧を運ぶシャチの精霊 第6話 森の影を食べるフクロウの伝承 第7話 山の心臓が鳴る夜 第8話 雷のカムイが子を授ける話 第9話 霧の中で迷う鹿の魂 第10話 星を拾った少年 第11話 氷の裂け目に住む古い神 第12話 風を縫う少女と草原の歌 第13話 湖の底の鏡の国 第14話 木の根が語る千年前の記憶 第15話 太陽を背負ったカラスの旅 Ⅱ 生活と知恵の章(16〜30話)第16話 最初のアットゥシ織り Ⅲ 戦いと民族の記憶の章(31〜50話)第31話 森を歩く影の鹿角
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第26話 夜明けを運ぶ白い狼 世界がまだ若く、風のカムイが歌い、大地のクマのカムイが眠りを守り、川の女神トゥラノが森を癒し、海のシャチの精霊が霧を運び、火の鳥が赤い羽を広げ、星を喰べた山の巨人が光を抱いて眠り、霧の子どもたちが森へ還ったころ。 その夜、世界は奇妙な静けさに包まれていた。 夜明けが来なかったのだ。 東の空は暗いまま、 鳥たちは朝の歌を歌わず、 風は夜の冷たさを運び続けた。 村人たちは不安に震えた。 「夜明けが遅れている……」 「太陽が昇らないのか……?」 「世界が夜に飲まれてしまう……」 そのとき、森の奥から、 白い影が静かに現れた。 白い狼――シラ・ホロ・ウル。 夜明けを運ぶと伝えられる、古い狼のカムイだった。 ■ 夜明けを運ぶ狼白い狼は、雪のように白い毛並みを持ち、 その瞳は朝焼けのように赤く輝いていた。 彼が走れば、夜の闇が裂け、 その後ろに薄い光が生まれると言われていた。 しかし、その白い狼の体は弱っていた。 足取りは重く、 息は荒く、 背中に背負うはずの“夜明けの光”が見えなかった。 風のカムイ・レラが駆け寄った。 「シラ・ホロ・ウルよ、どうしたのだ。 夜明けが来ぬのは、おまえの力が弱っているからか」 白い狼は苦しげに言った。 「……夜明けの光が……奪われた…… わたしの背から……光が消えた…… このままでは……夜が明けぬ……」 レラ・カムイは驚いた。 「光を奪った者がいるのか」 白い狼は頷いた。 「“夜の底” に住む影の獣…… 夜明けの光を憎み…… わたしの背から奪った……」 世界の夜明けは、 白い狼が背負う光によって運ばれていた。 その光が奪われれば、 夜は永遠に続いてしまう。 ■ 夜明けを取り戻す者そのとき、村の端からひとりの少女が現れた。 名を アサヒ・メノコ。 夜明けの光を愛し、 毎朝、太陽に祈りを捧げる少女だった。 アサヒ・メノコは白い狼に言った。 「わたしが光を取り戻します。 夜明けが来なければ、 世界は眠ったままになってしまう」 白い狼は少女を見つめた。 「夜の底は危険だ。 光を持つ者は、影に飲まれる」 アサヒ・メノコは胸を張った。 「わたしは夜明けを信じています。 光は必ず戻る。 だから、行きます」 レラ・カムイは風を揺らした。 「わたしも行こう。 夜の底は風が読めぬ場所だが…… おまえの心が道を示すだろう」 影の狐レクン・カムイも現れた。 「影の獣と戦うには、影を知る者が必要だ。 わたしも同行しよう」 こうして、 少女と風と影の旅が始まった。 ■ 夜の底へ夜の底は、 森の最も深い場所にある暗い裂け目だった。 光は届かず、 風は止まり、 影だけが揺れていた。 アサヒ・メノコは震えながらも進んだ。 「夜明けを……取り戻すんだ……」 レクン・カムイが影を読み、 レラ・カムイが風の道を探し、 少女はその後を追った。 やがて、巨大な影の洞窟が現れた。 その奥から、 低い唸り声が響いた。 「……光を……返さぬ…… 光は……夜を殺す…… 夜は……わたしのもの……」 影の獣―― ヨル・ホロ・カムイ が姿を現した。 ■ 影の獣との対峙影の獣は黒い霧のような体を持ち、 その目は闇の奥で光っていた。 背中には、 白い狼から奪った“夜明けの光”が 黒い鎖で縛られていた。 アサヒ・メノコは叫んだ。 「光を返して! 夜明けが来なければ、世界が眠ってしまう!」 影の獣は唸った。 「夜は……静か…… 夜は……やさしい…… 光は……まぶしい…… 光は……わたしを消す…… だから……光はいらぬ……」 アサヒ・メノコは首を振った。 「光はあなたを消さない! 光があるから影が生まれるんだよ!」 影の獣は揺れた。 「……うそだ…… 光は……こわい…… 光は……わたしを……」 少女は胸に手を当てた。 「わたしは光が好き。 でも、夜も好き。 夜があるから、朝が美しい。 影があるから、光が輝く。 あなたは夜の守り手なんだよ。 光を憎む必要なんてない」 影の獣は震えた。 「……わたしは…… 夜の……守り手……?」 「そう。 あなたが夜を守り、 白い狼が朝を運ぶ。 ふたりで世界を回しているんだよ」 影の獣の体が揺れ、 黒い鎖がほどけ始めた。 ■ 夜明けの光の解放 影の獣は静かに言った。 「……光を……返そう…… わたしは……夜を守る…… 光は……朝を守れ……」 鎖が完全にほどけ、 夜明けの光が解き放たれた。 光は少女の手の中へ飛び込み、 温かく輝いた。 アサヒ・メノコは光を抱え、 白い狼のもとへ戻った。 ■ 夜明けの復活白い狼は光を受け取り、 背中にそっと乗せた。 その瞬間、 狼の体が白く輝き、 夜の闇が裂けた。 「……夜明けが……戻った……!」 白い狼は走り出し、 東の空へ向かった。 その足跡から、 薄い光が生まれ、 空がゆっくりと赤く染まっていった。 世界に朝が戻ったのだ。 ■ その後の世界村人たちは朝日を見て喜んだ。 「夜明けだ……!」 「朝が戻った……!」 「白い狼が光を運んでくれたのだ!」 アサヒ・メノコは白い狼に頭を下げた。 「あなたの光を取り戻せてよかった」 白い狼は静かに言った。 「おまえの心が、夜明けを呼んだ。 光を信じる心が、世界を照らしたのだ」 そして、朝日がひときわ美しく輝く日には、 人々はこう言うようになった。 「あれは、白い狼が夜明けを運んでいる証だ」 白い狼は今日も東の空を駆け、 世界に朝を届け続けている。
Ⅰ 自然とカムイの章(1〜15話)第1話 風のカムイが最初に歌った日 Ⅱ 生活と知恵の章(16〜30話)第16話 最初のアットゥシ織り Ⅲ 戦いと民族の記憶の章(31〜50話)第31話 北の民との最初の戦 |