| Tweet 「アイヌ神話・民話体系」全60話 第25話 霧の森で笑う子どもたちhttps://ganta.sa-suke.com/1025.html | |
Ⅰ 自然とカムイの章(1〜15話) 第1話 風のカムイが最初に歌った日 第2話 大地を抱くクマのカムイ 第3話 川の女神トゥラノの涙 第4話 火のカムイと雪のカムイの争い 第5話 海霧を運ぶシャチの精霊 第6話 森の影を食べるフクロウの伝承 第7話 山の心臓が鳴る夜 第8話 雷のカムイが子を授ける話 第9話 霧の中で迷う鹿の魂 第10話 星を拾った少年 第11話 氷の裂け目に住む古い神 第12話 風を縫う少女と草原の歌 第13話 湖の底の鏡の国 第14話 木の根が語る千年前の記憶 第15話 太陽を背負ったカラスの旅 Ⅱ 生活と知恵の章(16〜30話)第16話 最初のアットゥシ織り Ⅲ 戦いと民族の記憶の章(31〜50話)第31話 森を歩く影の鹿角
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第25話 霧の森で笑う子どもたち 世界がまだ若く、風のカムイが歌い、大地のクマのカムイが眠りを守り、川の女神トゥラノが森を癒し、海のシャチの精霊が霧を運び、影の舟が夜の海を渡り、火の鳥が赤い羽を広げ、星を喰べた山の巨人が光を抱いて眠っていたころ。 その森の南側には、いつも薄い霧が漂う不思議な場所があった。 村人たちはそこを キリ・コタン――「霧の村」と呼んでいた。 霧は白く、柔らかく、 風が吹いても形を変えず、 まるで生き物のように森を包んでいた。 そして、その霧の中には―― 子どもたちの笑い声 が響いていた。 しかし、村には子どもがいなかった。 「霧の森で笑うのは誰だ」 「霧の子どもたちか」 「それとも、迷った魂か」 村人たちは恐れ、 霧の森へ近づくことを避けていた。 ■ 霧の声を聞く少女村には、霧の声を聞くことができる少女がいた。 名を シノ・メノコ という。 シノ・メノコは幼いころから、 霧の揺れや湿り気の変化を読み取り、 霧が語る声を聞くことができた。 ある夜、霧の森から笑い声が響いた。 「……あはは……」 「こっちだよ……」 「おいで……」 シノ・メノコは胸がざわついた。 「霧が……呼んでいる…… でも、あの声は……子どもの声……?」 村人たちは止めた。 「霧の森へ行くな。 霧に迷えば、二度と戻れない」 しかし、シノ・メノコは決意した。 「霧が泣いている気がする。 あの笑い声は……助けを求めている」 ■ 霧の森へシノ・メノコは霧の森へ足を踏み入れた。 霧は冷たく、 しかしどこか優しく、 少女の頬を撫でた。 「……ようこそ……」 「……あそぼう……」 霧の中から、小さな影が走り回っていた。 子どもの姿をしているが、 その体は霧でできていた。 「あなたたちは……誰?」 霧の子どもたちは笑った。 「ぼくらは霧の子。 霧が生んだ子どもたち」 「でも……ぼくらは迷っている」 「帰る場所がわからない」 シノ・メノコは驚いた。 「霧の子どもたち……?」 霧の子どもたちは頷いた。 「霧は森の涙。 涙がたまると、ぼくらが生まれる」 「でも、涙が多すぎて…… ぼくらは帰れなくなった」 ■ 霧の涙の理由シノ・メノコは霧の子に尋ねた。 「霧はどうして泣いているの?」 霧の子は静かに言った。 「森が……悲しんでいるから」 「森の奥で……何かが泣いている」 「その涙が霧になって…… ぼくらが生まれた」 森が泣いている―― それはただ事ではなかった。 シノ・メノコは霧の子どもたちに言った。 「森の涙を止めれば、 あなたたちは帰れるの?」 霧の子は頷いた。 「うん…… 涙が止まれば、ぼくらは霧に戻る…… そして、森に還る……」 シノ・メノコは決意した。 「森の涙の源を探す。 あなたたちを帰すために」 ■ 森の奥へ霧の子どもたちが道を示し、 シノ・メノコは森の奥へ進んだ。 霧は濃くなり、 木々は湿り、 空気は重くなった。 やがて、森の中心にたどり着いた。 そこには―― 巨大な古木が立っていた。 しかし、その木は泣いていた。 幹から水が流れ、 根は震え、 葉はしおれていた。 「……かなしい…… さびしい…… わたしは……忘れられた……」 それは、森の古い守り神、 キムン・ニレ――「山の木の精霊」だった。 ■ 古木の悲しみシノ・メノコは古木に近づいた。 「どうして泣いているの?」 キムン・ニレは弱々しく言った。 「わたしは……森を守ってきた…… だが、森の者たちは…… わたしの声を聞かなくなった…… わたしは……孤独だ……」 シノ・メノコは胸が痛くなった。 「誰もあなたを忘れてなんかいないよ。 森はあなたの力で生きている」 古木は揺れた。 「だが…… 誰もわたしに話しかけない…… わたしは……ひとりだ…… 涙が止まらぬ……」 その涙が霧となり、 霧の子どもたちを生んでいたのだ。 ■ 少女の言葉シノ・メノコは古木の幹に手を当てた。 「あなたはひとりじゃない。 わたしがいる。 霧の子どもたちもいる。 森の動物たちも、あなたを見ている」 古木は静かに揺れた。 「……わたしは…… まだ……必要とされている……?」 「もちろん。 あなたがいなければ、森は生きられない」 シノ・メノコは優しく言った。 「だから、泣かないで。 あなたの涙で、霧の子どもたちが迷っている」 古木は深く息を吸い、 涙を止めた。 霧が薄れ、 森に光が差し込んだ。 ■ 霧の子どもたちの帰還霧の子どもたちが現れた。 「涙が……止まった……」 「ぼくら……帰れる……」 「ありがとう……シノ・メノコ……」 子どもたちは笑いながら霧に溶け、 白い光となって森へ還っていった。 最後のひとりが振り返り、 小さく手を振った。 「またね…… ぼくらは森のどこかで…… 笑っているよ……」 霧は静かに晴れ、 森は穏やかな息を取り戻した。 ■ その後の世界村人たちは霧が晴れた森を見て驚いた。 「霧が消えた……」「森が明るい……」「霧の子どもたちは……?」 シノ・メノコは微笑んだ。 「霧の子どもたちは、森に帰ったよ。 森が泣かなくなったから」 そして、霧が薄く漂う朝には、 人々はこう言うようになった。 「あれは、霧の子どもたちが 森のどこかで笑っている証だ」 霧の森は今日も静かに息をし、 その奥では、霧の子どもたちの笑い声が かすかに響いている。 |