「アイヌ神話・民話体系」全60話 第6話 森の影を食べるフクロウの伝承https://ganta.sa-suke.com/1006.html

Ⅰ 自然とカムイの章(1〜15話)

第1話 風のカムイが最初に歌った日
第2話 大地を抱くクマのカムイ
第3話 川の女神トゥラノの涙
第4話 
火のカムイと雪のカムイの争い
第5話 海霧を運ぶシャチの精霊
第6話 森の影を食べるフクロウの伝承
第7話 山の心臓が鳴る夜
第8話 雷のカムイが子を授ける話
第9話 霧の中で迷う鹿の魂
第10話 星を拾った少年
第11話 氷の裂け目に住む古い神
第12話 風を縫う少女と草原の歌
第13話 湖の底の鏡の国
第14話 木の根が語る千年前の記憶
第15話 太陽を背負ったカラスの旅

Ⅱ 生活と知恵の章(16〜30話)

第16話 最初のアットゥシ織り
第17話 狩人と弓の精霊の契約
第18話 鮭を呼ぶ歌の誕生
第19話 村を救った薬草の物語
第20話 海を渡る影の船
第21話 風の穴に落ちた少年
第22話 火の鳥が落とした赤い羽
第23話 熊送りの儀式が生まれた日
第24話 星を喰べた山の巨人
第25話 霧の森で笑う子どもたち
第26話 夜明けを運ぶ白い狼
第27話 影を縫う蜘蛛の巣
第28話 風の骨を拾う少年
第29話 月影を抱く黒鹿の旅
第30話 海底に沈んだ風の鈴

Ⅲ 戦いと民族の記憶の章(31〜50話)

第31話 森を歩く影の鹿角
第32話 雪を食べる白い影
第33話 風を忘れた山の梟
第34話 影を渡る黒い舟
第35話 星明かりを飲む黒い鳥
第36話 夜の川を渡る赤い魚
第37話 影を食べる黒い霧
第38話 風の底で眠る青い石
第39話 最後の戦いと雪嵐の夜
第40話 霧の海で歌う青い鯨
第41話 影の森で眠る黒い花
第42話 星の底で笑う赤い面
第43話 風の声を盗む黒い羽
第44話 雪の底で笑う白い面
第45話 夜明けを盗む黒い狼
第46話 影の海で眠る青い面
第47話 風の森で泣く白い鳥
第48話 月の森で歌う黒い鹿
第49話 影の谷で眠る赤い狐
第50話 風の底で歌う白い面

Ⅳ 星・海・影・雪・風 「鳥・鯨・狐・面・鹿」(51〜60話)

第51話 星の森で眠る青い鳥
第52話 海の底で笑う黒い鯨
第53話 影の森で歌う白い狐
第54話 雪の森で眠る黒い面
第55話 風の影で笑う青い狐
第56話 月の底で眠る白い鳥
第57話 影の底で笑う黒い鳥
第58話 風の森で眠る赤い鳥
第59話 星の底で笑う白い狐
第60話 雪の底で歌う黒い鹿

第6話 森の影を食べるフクロウの伝承

 世界がまだ若く、風のカムイが歌い、大地のクマのカムイが眠りを守り、川の女神トゥラノが涙で森を癒し、海のシャチの精霊が霧を運んでいたころ。  その森の奥深くには、もうひとつの不思議な存在がいた。

 コタン・コロ・カムイ――村を守るフクロウの神である。

 しかし、この物語で語られるのは、ただの守り神ではない。  森の奥にひっそりと住む、もう一柱のフクロウの精霊――  「影を食べるフクロウ」 の伝承である。

■ 影が消えた森

 ある年の秋、森に奇妙な異変が起きた。  夕暮れになると、木々の影が薄くなり、やがて完全に消えてしまうのだ。

 影が消えると、森の動物たちは方向を見失い、夜の鳥たちは飛ぶことができなくなった。  影はただの暗がりではなく、森の命の一部だった。

 川の女神トゥラノは不安げに言った。

 「影が消えるなんて……こんなこと、これまで一度もありませんでした」

 風のカムイ・レラも眉をひそめた。

 「影がなければ、夜の風は道を読めない。   森が混乱している」

 動物たちは森の守り神、コタン・コロ・カムイのもとへ集まった。

 「フクロウの神よ、どうか助けてください。   影が消えてしまいました」

 しかし、コタン・コロ・カムイは静かに首を振った。

 「これはわたしの仕業ではない。   森の奥に住む、もうひとつのフクロウの精霊――   カゲ・ムン・カムイ の仕業だ」

 動物たちはざわめいた。

 「影を……食べるフクロウ……?」

■ 影を食べるフクロウの正体

 カゲ・ムン・カムイは、森の最も古い影から生まれた精霊だった。  彼は影を食べることで生きており、影を食べすぎると森の均衡が崩れると伝えられていた。

 しかし、普段は深い洞の中で眠り、影を少しずつ食べるだけで、森に害を与えることはなかった。

 では、なぜ影が消えるほど食べてしまったのか。

 コタン・コロ・カムイは言った。

 「カゲ・ムン・カムイは、何かに怯えている。   影を食べすぎるのは、恐怖の証だ」

 動物たちは震えた。

 「何が……影の精霊を怯えさせたのでしょう」

 コタン・コロ・カムイは森の奥を見つめた。

 「確かめに行かねばならぬ。   だが、わたしだけでは足りない。   影を失った森では、わたしの力も弱まる」

 そのとき、一匹の若いエゾモモンガが前に出た。  名を チプ・ポロ という、小さな勇気を持つ者だった。

 「ぼくが案内します。   影が消えた森でも、ぼくは木の上を飛べます。   カゲ・ムン・カムイの洞まで、ぼくが導きます」

 コタン・コロ・カムイは頷いた。

 「では行こう。   森の影を取り戻すために」

■ 影の洞へ

 チプ・ポロとコタン・コロ・カムイは、影の薄い森を進んだ。  影がない森は不気味で、木々は輪郭を失い、夜の気配がどこにもなかった。

 やがて、森の最も古い場所――  太古の木々が絡み合う「影の洞」にたどり着いた。

 洞の中は真っ暗だった。  しかし、それは光が届かない暗さではなく、  影そのものが食べ尽くされた空虚な暗さ だった。

 洞の奥から、かすかな鳴き声が聞こえた。

 「……こわい……こわい……」

 それは、カゲ・ムン・カムイの声だった。

 コタン・コロ・カムイが呼びかけた。

 「カゲ・ムンよ、なぜ影を食べすぎたのだ。   森が混乱している」

 暗闇の中から、痩せ細ったフクロウの姿が現れた。  目は大きく、怯えに満ちていた。

 「……影が……逃げていく……   だから……食べなければ……消えてしまう……」

 チプ・ポロは首をかしげた。

 「影が逃げる……?」

 カゲ・ムン・カムイは震えながら言った。

 「森の奥に……黒い影が来た……   わたしの影を……奪おうとしている……」

■ 黒い影の正体

 そのとき、洞の奥から冷たい風が吹いた。  風の中に、黒い霧のような影が揺れていた。

 「……影を……返せ……」

 黒い影は低くうめいた。

 コタン・コロ・カムイは翼を広げ、チプ・ポロを庇った。

 「おまえは何者だ。   なぜ影を奪おうとする」

 黒い影は答えた。

 「わたしは……森の外から来た……   光に焼かれ……居場所を失った影……   影を求めて……ここへ来た……」

 それは、森の外の荒れ地で太陽に焼かれ、逃げ場を失った影の亡霊だった。  影は影を求め、森へ流れ込んできたのだ。

 カゲ・ムン・カムイは怯えて影を食べ続け、黒い影はさらに影を奪おうとした。  その結果、森の影が消えてしまったのである。

■ 影を取り戻すために

 コタン・コロ・カムイは黒い影に言った。

 「おまえが影を求めるのは理解する。   だが、森の影を奪えば、森は死ぬ。   別の道を探さねばならぬ」

 黒い影は苦しげに揺れた。

 「……わたしは……光がこわい……   影がなければ……消えてしまう……」

 チプ・ポロが小さな声で言った。

 「じゃあ……森の影を分けてあげればいいんじゃないかな。   全部じゃなくて、少しだけ。   森の影はたくさんあるから……」

 コタン・コロ・カムイは目を細めた。

 「なるほど。   影は分け合える。   森の影は命のように増え、また戻る」

 黒い影は震えながら言った。

 「……わけて……くれるのか……?」

 コタン・コロ・カムイは翼を広げ、森の影を呼び寄せた。  影は風に乗り、黒い影のもとへ集まった。

 黒い影はそれを吸い込み、静かに形を整えた。  やがて、黒い影は穏やかな姿になり、森の奥へ溶け込んだ。

 カゲ・ムン・カムイも落ち着きを取り戻し、影を食べるのをやめた。

■ 影が戻った森

 森に影が戻ると、動物たちは喜び、夜の鳥たちは再び飛び始めた。  風のカムイ・レラは影の道を読み、川の女神トゥラノは影の揺らぎを見て季節を知った。

 コタン・コロ・カムイはチプ・ポロに言った。

 「おまえの言葉が、森を救った。   影は奪い合うものではなく、分け合うものだとな」

 チプ・ポロは照れくさそうに笑った。

 「ぼくはただ……森が好きなだけです」

 カゲ・ムン・カムイは静かに頭を下げた。

 「……ありがとう……   わたしはもう……影を食べすぎない……   森の影を……守る……」

 その日から、影を食べるフクロウは森の奥で静かに暮らし、  森の影が乱れるときには、そっと影を整える役目を果たすようになった。

 そして今も、夕暮れの森で影が揺れるとき、  人々はこう言う。

 「あれは、影を食べるフクロウが森を整えているのだ」