「アイヌ神話・民話体系」全60話 第17話 狩人と弓の精霊の契約https://ganta.sa-suke.com/1017.html

Ⅰ 
自然とカムイの章(1〜15話)
第1話 風のカムイが最初に歌った日
第2話 大地を抱くクマのカムイ
第3話 川の女神トゥラノの涙
第4話 
火のカムイと雪のカムイの争い
第5話 海霧を運ぶシャチの精霊
第6話 森の影を食べるフクロウの伝承
第7話 山の心臓が鳴る夜
第8話 雷のカムイが子を授ける話
第9話 霧の中で迷う鹿の魂
第10話 星を拾った少年
第11話 氷の裂け目に住む古い神
第12話 風を縫う少女と草原の歌
第13話 湖の底の鏡の国
第14話 木の根が語る千年前の記憶
第15話 太陽を背負ったカラスの旅

Ⅱ 生活と知恵の章(16〜30話)

第16話 最初のアットゥシ織り
第17話 狩人と弓の精霊の契約
第18話 鮭を呼ぶ歌の誕生
第19話 村を救った薬草の物語
第20話 海を渡る影の船
第21話 風の穴に落ちた少年
第22話 火の鳥が落とした赤い羽
第23話 熊送りの儀式が生まれた日
第24話 星を喰べた山の巨人
第25話 霧の森で笑う子どもたち
第26話 夜明けを運ぶ白い狼
第27話 影を縫う蜘蛛の巣
第28話 風の骨を拾う少年
第29話 月影を抱く黒鹿の旅
第30話 海底に沈んだ風の鈴

Ⅲ 戦いと民族の記憶の章(31〜50話)

第31話 森を歩く影の鹿角
第32話 雪を食べる白い影
第33話 風を忘れた山の梟
第34話 影を渡る黒い舟
第35話 星明かりを飲む黒い鳥
第36話 夜の川を渡る赤い魚
第37話 影を食べる黒い霧
第38話 風の底で眠る青い石
第39話 最後の戦いと雪嵐の夜
第40話 霧の海で歌う青い鯨
第41話 影の森で眠る黒い花
第42話 星の底で笑う赤い面
第43話 風の声を盗む黒い羽
第44話 雪の底で笑う白い面
第45話 夜明けを盗む黒い狼
第46話 影の海で眠る青い面
第47話 風の森で泣く白い鳥
第48話 月の森で歌う黒い鹿
第49話 影の谷で眠る赤い狐
第50話 風の底で歌う白い面

Ⅳ 星・海・影・雪・風 「鳥・鯨・狐・面・鹿」(51〜60話)

第51話 星の森で眠る青い鳥
第52話 海の底で笑う黒い鯨
第53話 影の森で歌う白い狐
第54話 雪の森で眠る黒い面
第55話 風の影で笑う青い狐
第56話 月の底で眠る白い鳥
第57話 影の底で笑う黒い鳥
第58話 風の森で眠る赤い鳥
第59話 星の底で笑う白い狐
第60話 雪の底で歌う黒い鹿

第17話 月を抱いたフクロウの夜

世界がまだ若く、風のカムイが歌い、大地のクマのカムイが眠りを守り、川の女神トゥラノが涙で森を癒し、海のシャチの精霊が霧を運び、影を食べるフクロウが森の均衡を整え、山の心臓が静かに脈打ち、雷のカムイが空を駆け、風を縫う少女が草原に歌を残し、湖の底には鏡の国が眠り、木の根が千年前の記憶を語り、太陽を背負ったカラスが空を巡っていたころ。  その夜空には、ひときわ大きな満月が浮かんでいた。

月は静かに光り、森を銀色に染め、  動物たちはその光に包まれて眠りについた。

しかし、その夜――  月が突然、震えた。

光が揺れ、輪郭が歪み、  まるで月そのものが迷っているかのようだった。

風のカムイ・レラは空を見上げて言った。

「月が……落ちかけている。   これはただの満月ではない。   月のカムイが弱っているのだ」

森の動物たちはざわめいた。

「月が落ちたら、夜が来なくなる」  「影が消えてしまう」  「世界のリズムが乱れる」

そのとき、森の奥から静かな羽音が響いた。

コタン・コロ・カムイ――  村を守るフクロウの神が姿を現した。

彼の瞳は月の光を映し、  その羽は夜の闇を抱くように広がっていた。

■ 月のカムイの異変

コタン・コロ・カムイは空を見上げ、  月の揺らぎをじっと見つめた。

「月のカムイ、モシリ・トゥキ が弱っている。   月の光が薄れれば、夜の道が消える。   影も眠れず、魂も迷うだろう」

川の女神トゥラノが言った。

「どうすれば月を助けられるのですか」

コタン・コロ・カムイは静かに答えた。

「月の光は、夜の命を集めて輝く。   しかし今夜は、何かが光を奪っている。   月のカムイは孤独に震えているのだ」

風のカムイ・レラが言った。

「ならば、誰かが月へ行き、   月のカムイを抱きしめてやらねばならぬ。   だが、空を越えて月へ行ける者など……」

そのとき、コタン・コロ・カムイが翼を広げた。

「わたしが行こう。   夜の空を飛ぶのは、わたしの役目だ」

動物たちは驚いた。

「月まで行けるのですか」  「空の上は風が強すぎる」 「闇が深すぎる」

しかし、フクロウの神は揺るがなかった。

「夜の闇はわたしの道。   月の光はわたしの友。   行かねばならぬ」

■ 月への旅

コタン・コロ・カムイは夜空へ舞い上がった。

風は冷たく、  星々は遠く、  空は深い闇に包まれていた。

しかし、フクロウの神は迷わなかった。

彼の翼は夜の闇を切り裂き、  月へ向かう道を照らした。

やがて、月の近くにたどり着いた。

月は震え、光が弱まり、  まるで泣いているようだった。

「……さむい……   こわい……   ひとりは……いやだ……」

それは、月のカムイ、モシリ・トゥキの声だった。

■ 月の涙

コタン・コロ・カムイは月の表面に降り立ち、  月のカムイを探した。

すると、月の影の中に、  小さな光の子が震えていた。

それがモシリ・トゥキだった。

彼は月の光そのもののような姿で、  その体は弱々しく揺れていた。

「モシリ・トゥキよ、どうしたのだ」

月の子は涙をこぼした。

「わたしの光が……奪われていく……   夜の影が……重くなって……   ひとりでは……支えられない……」

コタン・コロ・カムイは優しく翼を広げた。

「ひとりではない。   わたしがいる。   夜の闇も、影も、わたしが抱こう」

月の子は震えながら言った。

「でも……影が……怖い……   影が光を飲み込む……」

そのとき、月の裏側から黒い影が現れた。

「……光を……よこせ……   光は……まぶしい……   わたしを……消す……」

それは、月の影に潜む古い亡霊だった。

■ 影との戦い

影は月の光を奪おうと、  モシリ・トゥキに襲いかかった。

コタン・コロ・カムイは翼を広げ、  影の前に立ちはだかった。

「影よ、退け。   光を奪えば、夜が死ぬ」

影はうめいた。

「夜は……影のもの……   光は……いらぬ……」

フクロウの神は静かに言った。

「夜は影だけのものではない。   光と影が共にあるから、夜は美しい。   おまえは光を恐れているだけだ」

影は揺れた。

「……こわい……   光が……わたしを……消す……」

コタン・コロ・カムイは翼で影を包んだ。

「消えはしない。   光のそばにいれば、影は形を持つ。   おまえは光があるから影なのだ」

影は震え、  やがて静かに溶けていった。

月の光が少し戻った。

■ 月を抱くフクロウ

モシリ・トゥキは涙を拭い、  コタン・コロ・カムイに抱きついた。

「ありがとう……   わたしはもう……ひとりじゃない……」

フクロウの神は優しく言った。

「月よ、光を取り戻せ。  おまえの光は、夜の命だ」

モシリ・トゥキは深く息を吸い、  体を輝かせた。

月は再び満ち、  夜空を照らした。

コタン・コロ・カムイは月を抱いたまま、  ゆっくりと地上へ戻った。

■ その後の世界

森の動物たちは、  明るくなった月を見て喜んだ。

「月が戻った!」  「夜が優しくなった!」  「フクロウの神が月を救ったのだ!」

その夜から、  満月の晩にフクロウが鳴くと、  人々はこう言うようになった。

「あれは、フクロウの神が月を抱いている声だ」

月は今日も夜空に輝き、  フクロウの神は静かに夜を見守っている。