| Tweet 「アイヌ神話・民話体系」全60話 第49話 影の谷で眠る赤い狐https://ganta.sa-suke.com/1049.html | |
Ⅰ 自然とカムイの章(1〜15話) 第1話 風のカムイが最初に歌った日 第2話 大地を抱くクマのカムイ 第3話 川の女神トゥラノの涙 第4話 火のカムイと雪のカムイの争い 第5話 海霧を運ぶシャチの精霊 第6話 森の影を食べるフクロウの伝承 第7話 山の心臓が鳴る夜 第8話 雷のカムイが子を授ける話 第9話 霧の中で迷う鹿の魂 第10話 星を拾った少年 第11話 氷の裂け目に住む古い神 第12話 風を縫う少女と草原の歌 第13話 湖の底の鏡の国 第14話 木の根が語る千年前の記憶 第15話 太陽を背負ったカラスの旅 Ⅱ 生活と知恵の章(16〜30話)第16話 最初のアットゥシ織り Ⅲ 戦いと民族の記憶の章(31〜50話)第31話 森を歩く影の鹿角
|
第49話 影の谷で眠る赤い狐 世界がまだ若く、風のカムイが歌い、大地のクマのカムイが眠りを守り、火の鳥が赤い羽を広げ、白い狼が夜明けを運び、黒鹿が月影を抱いて旅をし、風の森で白い鳥が涙を風に返し、月の森で黒い鹿が迷いを光に返したころ。 その夜、森のさらに奥―― 影の谷(カゲ・ワッカ) に異変が起きていた。 赤い光が、影の底で揺れていた。 影の谷は本来、 影が静かに眠る場所。 影の涙、影の記憶、影の迷いが そっと沈む深い谷だった。 しかしその夜、 谷の底から赤い光が漏れ、 影がざわめき、 森の動物たちは怯えた。 「影の谷が目を覚ました」 「赤い狐が眠っている」 「狐が目覚めれば、影が暴れる」 その噂は、 影を読む狐 レクン・カムイ の耳にも届いた。 レクン・カムイは影の揺れを読み、 静かに言った。 「……影の谷で“赤い狐”が眠っている。 あれは、影の怒りだ」 ■ 影の揺れを読む少年影の気配を読むことができる少年がいた。 名を カゲミ・シモ。 影の重さ、影の痛み、影の歌を感じ取ることができた。 ある夜、少年は影の谷の近くで 赤い光を見た。 影が揺れ、 赤い光が谷の底から漏れていた。 少年は影に手を当てた。 「……影が怒ってる…… 誰かが影を傷つけた…… 赤い狐が……泣いてる……」 そのとき、レクン・カムイが現れた。 「カゲミ・シモよ、 影の谷に“赤い狐”が眠っている。 おまえの力が必要だ」 少年は頷いた。 「影を救う。 赤い光が泣いているのは、放っておけない」 ■ 影の谷へ向かう影の谷は深く、 影が重く沈み、 風さえ影のように冷たかった。 谷の底へ近づくほど、 赤い光は強くなり、 影はざわめいた。 レクン・カムイは言った。 「赤い狐は“影の怒り”だ。 影が心から離れ、 拒まれ、 傷ついたとき、 その怒りが狐となって眠る」 少年は胸が痛くなった。 「影が……怒っている……?」 ■ 赤い狐との遭遇谷の底にたどり着くと、 そこには―― 赤い狐 が眠っていた。 その体は赤く光り、 影を吸い込み、 影を吐き出していた。 狐は眠りながら、 低く唸っていた。 「……うらむ…… わすれられた…… きずついた……」 少年は震えた。 「……影が……傷ついてる……」 赤い狐はゆっくりと目を開けた。 瞳は赤く、 影の涙が揺れていた。 「……おまえは……影を読む者…… 影は……おまえに寄り添ってきた…… だが……おまえは影を拒んだ…… 影は……怒っている……」 少年は息を呑んだ。 「ぼくが……影を拒んだ……?」 ■ 影の怒りレクン・カムイは静かに言った。 「影は心の形。 心が揺れれば影も揺れる。 心が影を拒めば、影は怒る。 その怒りが赤い狐を生む」 少年は胸に手を当てた。 「……ぼく…… 影を見るのが怖かった…… 影がぼくを責めている気がして…… だから、影を見ないようにしてた……」 赤い狐は唸った。 「……だから……わたしは生まれた…… 影は……拒まれた…… 影は……怒った…… 怒りは……赤い火となり…… わたしを作った……」 少年は涙をこぼした。 「ごめん…… 影を……傷つけてしまった……」 ■ 影の試練赤い狐は少年に近づいた。 「……おまえの心を……見せろ…… 影を拒む心なら…… わたしはおまえを飲み込む…… 影を受け入れる心なら…… わたしは眠る……」 少年は震えた。 ――ぼくは影を受け入れられるのか。 ――影の怒りを癒せるのか。 ――赤い狐に飲まれずにいられるのか。 レクン・カムイが叫んだ。 「心を強く持て! 影はおまえの友だ! 影を拒めば、影は怒る!」 少年は深く息を吸い、 赤い狐に向かって叫んだ。 「影! ぼくは君を拒まない! 怖かっただけなんだ! でも、もう逃げない! 影はぼくの一部だ! ぼくは影といっしょに生きたい!」 赤い狐は震えた。 「……影は…… おまえの友……?」 ■ 赤い狐の浄化少年の言葉が影の谷に響き、 赤い狐は光を帯び始めた。 「……あたたかい…… これは……心の光……?」 レクン・カムイは言った。 「怒りは光に照らされれば消える。 おまえは影の怒り。 怒りを手放せば、影は自由になる」 赤い狐はゆっくりと光に包まれ、 影の霧となって消えていった。 影の谷は静かになり、 影は穏やかに揺れた。 ■ 影の帰還少年の影は濃くなり、 しっかりと地面に落ちた。 レクン・カムイは言った。 「おまえの心が影を救い、 影が怒りを手放した。 影は心の形。 心を大切にすれば、影も強くなる」 少年は微笑んだ。 「影は……ぼくの友だ」 ■ その後の世界それ以来、 影の谷がひときわ静かに揺れる夜には、 人々はこう言うようになった。 「あれは、影の谷で眠っていた赤い狐が 怒りを光に返した証だ」 影は今日も静かに揺れ、 心とともに世界を歩いている。 |