| Tweet 「アイヌ神話・民話体系」全60話 第11話 氷の裂け目に住む古い神https://ganta.sa-suke.com/1011.html | |
| Ⅰ 自然とカムイの章(1〜15話) 第1話 風のカムイが最初に歌った日 第2話 大地を抱くクマのカムイ 第3話 川の女神トゥラノの涙 第4話 火のカムイと雪のカムイの争い 第5話 海霧を運ぶシャチの精霊 第6話 森の影を食べるフクロウの伝承 第7話 山の心臓が鳴る夜 第8話 雷のカムイが子を授ける話 第9話 霧の中で迷う鹿の魂 第10話 星を拾った少年 第11話 氷の裂け目に住む古い神 第12話 風を縫う少女と草原の歌 第13話 湖の底の鏡の国 第14話 木の根が語る千年前の記憶 第15話 太陽を背負ったカラスの旅 Ⅱ 生活と知恵の章(16〜30話)第16話 最初のアットゥシ織り Ⅲ 戦いと民族の記憶の章(31〜50話)第31話 森を歩く影の鹿角
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第11話 氷の裂け目に住む古い神 世界がまだ若く、風のカムイが歌い、大地のクマのカムイが眠りを守り、川の女神トゥラノが涙で森を癒し、海のシャチの精霊が霧を運び、影を食べるフクロウが森の均衡を整え、山の心臓が静かに脈打ち、雷のカムイが空を駆けていたころ。 その北の果てには、誰も近づかぬ白い大地が広がっていた。 そこは シリ・コタン――氷の村と呼ばれ、 冬のカムイ、シリ・フチが支配する領域だった。 しかし、そのさらに奥、 氷が幾重にも重なり、裂け目が深く走る場所に、 古く、忘れられたカムイが住んでいた。 カムイ・ノカプ―― 氷の裂け目に宿る古い神である。 彼は氷よりも古く、雪よりも静かで、 世界がまだ形を持たなかったころから存在していたと言われていた。 だが、誰もその姿を見たことはなかった。 ■ 氷の大地の異変ある冬、北の大地に異変が起きた。 氷が突然割れ、 大地が沈み、 吹雪が止まらなくなった。 冬のカムイ、シリ・フチは眉をひそめた。 「これは……わたしの雪ではない。 もっと古い力が動いている……」 風のカムイ・レラが北へ向かい、 氷の大地を調べた。 「氷が……泣いている。 大地の奥から、古い声が響いている」 その声は、氷の裂け目の底から聞こえていた。 「……さむい…… くらい…… わすれられた……」 それは、カムイ・ノカプの声だった。 ■ 若い猟師の決意北の村には、ひとりの若い猟師がいた。 名を アトゥイ・カムイ といい、 氷の大地を誰よりも深く知る者だった。 村人たちは恐れて言った。 「氷が割れ続ければ、村が沈んでしまう……」 「吹雪が止まらなければ、狩りにも出られない……」 アトゥイ・カムイは拳を握った。 「ならば、氷の裂け目へ行こう。 古い神が苦しんでいるなら、助けなければならない」 村人たちは驚いた。 「氷の裂け目は危険だ。 誰も戻ってきたことがない」 しかし、アトゥイ・カムイは揺るがなかった。 「氷の大地は、わたしたちの家だ。 家が泣いているなら、放っておけない」 その決意を聞き、冬のカムイ・シリ・フチが姿を現した。 「若い猟師よ。 おまえの心は雪よりも澄んでいる。 わたしが道を開こう」 こうして、アトゥイ・カムイは氷の裂け目へ向かった。 ■ 氷の裂け目の底へ氷の大地は白く、静かで、 風の音すら吸い込むようだった。 アトゥイ・カムイは氷の裂け目の前に立ち、 深く息を吸った。 裂け目は暗く、深く、 底が見えなかった。 しかし、彼は迷わず降りていった。 氷の壁は冷たく、 足元は滑り、 息は白く凍りついた。 やがて、裂け目の底にたどり着いた。 そこには―― 巨大な氷の塊があった。 その中に、 古い神 カムイ・ノカプ が閉じ込められていた。 彼の体は氷と同化し、 目は閉じられ、 声だけが漏れていた。 「……さむい…… くらい…… わたしは……わすれられた……」 ■ 古い神の悲しみアトゥイ・カムイは氷に手を当てた。 「あなたは……なぜ閉じ込められているのですか」 ノカプの声が震えた。 「わたしは……世界が生まれる前から…… 氷を守ってきた…… だが……新しいカムイたちが増え…… わたしは忘れられ…… 力を失い…… 氷に飲まれた……」 アトゥイ・カムイは胸が痛くなった。 「忘れられたからといって、 あなたが不要になったわけではありません。 氷の大地は、あなたの力で守られてきたのです」 ノカプの声は弱かった。 「……だが…… わたしはもう……動けぬ…… 氷が……わたしを……締めつける……」 アトゥイ・カムイは決意した。 「ならば、ぼくが氷を砕きます。 あなたを解き放ちます」 ■ 氷を砕く試練アトゥイ・カムイは氷を砕こうとしたが、 氷は硬く、古く、 普通の力ではびくともしなかった。 そのとき、風が吹いた。 レラ・カムイの声だった。 「若い猟師よ、風で氷を裂こう」 次に、川の女神トゥラノの水が流れ込んだ。 「水は氷を溶かす。 わたしの力を使いなさい」 影を食べるフクロウ、カゲ・ムンが影を集めた。 「影は氷の隙間に入り、割れ目を広げる……」 最後に、雷のカムイ・フンペが空から雷を落とした。 「雷は氷を砕く。 道を開け!」 風が吹き、 水が流れ、 影が揺れ、 雷が落ちた。 氷は大きく割れ、 ノカプの体が解き放たれた。 ■ 古い神の復活ノカプはゆっくりと目を開けた。 その瞳は深い青で、 氷のように澄んでいた。 「……わたしは……自由になった…… 若い猟師よ…… おまえのおかげだ……」 アトゥイ・カムイは微笑んだ。 「あなたは氷の大地の神。 忘れられても、あなたの力は消えません」 ノカプは立ち上がり、 氷の大地に手を触れた。 すると、吹雪が止まり、 氷の割れ目が閉じ、 大地が静かに整った。 「これからは…… わたしは氷の奥で眠りながら…… 大地を見守ろう…… だが、忘れないでほしい…… 古い神も……世界の一部だと……」 アトゥイ・カムイは深く頭を下げた。 「必ず伝えます。 あなたの存在を、 氷の大地とともに」 ■ その後の世界村に戻ると、 吹雪は止み、 氷は安定し、 狩りも再びできるようになった。 村人たちはアトゥイ・カムイを称えた。 「氷の大地を救った猟師だ」 「古い神を目覚めさせた者だ」 そして、北の大地では今もこう語られている。 「氷の裂け目が静かなのは、古い神ノカプが眠りながら大地を守っているからだ」 氷の大地は今日も白く輝き、 その奥で古い神が静かに息をしている。 |