「アイヌ神話・民話体系」全60話 第7話 山の心臓が鳴る夜https://ganta.sa-suke.com/1007.html

Ⅰ 自然とカムイの章(1〜15話)

第1話 風のカムイが最初に歌った日
第2話 大地を抱くクマのカムイ
第3話 川の女神トゥラノの涙
第4話 
火のカムイと雪のカムイの争い
第5話 海霧を運ぶシャチの精霊
第6話 森の影を食べるフクロウの伝承
第7話 山の心臓が鳴る夜
第8話 雷のカムイが子を授ける話
第9話 霧の中で迷う鹿の魂
第10話 星を拾った少年
第11話 氷の裂け目に住む古い神
第12話 風を縫う少女と草原の歌
第13話 湖の底の鏡の国
第14話 木の根が語る千年前の記憶
第15話 太陽を背負ったカラスの旅

Ⅱ 生活と知恵の章(16〜30話)

第16話 最初のアットゥシ織り
第17話 狩人と弓の精霊の契約
第18話 鮭を呼ぶ歌の誕生
第19話 村を救った薬草の物語
第20話 海を渡る影の船
第21話 風の穴に落ちた少年
第22話 火の鳥が落とした赤い羽
第23話 熊送りの儀式が生まれた日
第24話 星を喰べた山の巨人
第25話 霧の森で笑う子どもたち
第26話 夜明けを運ぶ白い狼
第27話 影を縫う蜘蛛の巣
第28話 風の骨を拾う少年
第29話 月影を抱く黒鹿の旅
第30話 海底に沈んだ風の鈴

Ⅲ 戦いと民族の記憶の章(31〜50話)

第31話 森を歩く影の鹿角
第32話 雪を食べる白い影
第33話 風を忘れた山の梟
第34話 影を渡る黒い舟
第35話 星明かりを飲む黒い鳥
第36話 夜の川を渡る赤い魚
第37話 影を食べる黒い霧
第38話 風の底で眠る青い石
第39話 最後の戦いと雪嵐の夜
第40話 霧の海で歌う青い鯨
第41話 影の森で眠る黒い花
第42話 星の底で笑う赤い面
第43話 風の声を盗む黒い羽
第44話 雪の底で笑う白い面
第45話 夜明けを盗む黒い狼
第46話 影の海で眠る青い面
第47話 風の森で泣く白い鳥
第48話 月の森で歌う黒い鹿
第49話 影の谷で眠る赤い狐
第50話 風の底で歌う白い面

Ⅳ 星・海・影・雪・風 「鳥・鯨・狐・面・鹿」(51〜60話)

第51話 星の森で眠る青い鳥
第52話 海の底で笑う黒い鯨
第53話 影の森で歌う白い狐
第54話 雪の森で眠る黒い面
第55話 風の影で笑う青い狐
第56話 月の底で眠る白い鳥
第57話 影の底で笑う黒い鳥
第58話 風の森で眠る赤い鳥
第59話 星の底で笑う白い狐
第60話 雪の底で歌う黒い鹿

第7話 山の心臓が鳴る夜

 世界がまだ若く、風のカムイが歌い、大地のクマのカムイが眠りを守り、川の女神トゥラノが涙で森を癒し、海のシャチの精霊が霧を運び、影を食べるフクロウが森の均衡を整えていたころ。  そのさらに奥、雲を突き刺すようにそびえる大きな山があった。

 その山は カムイ・ヌプリ――神々の山と呼ばれ、  山そのものがひとつの巨大なカムイであった。

 山の内部には「山の心臓」と呼ばれる赤い光の塊があり、  それが脈打つことで大地は安定し、森は育ち、川は流れ続けるといわれていた。

 しかし、ある年の秋の終わり、  山の心臓が夜ごと鳴り響く ようになった。

 ドン……ドン……ドン……

 その音は森の奥まで届き、動物たちを震え上がらせた。

■ 山が怒っている

 最初に異変に気づいたのは、風のカムイ・レラだった。  彼は山の上空を飛びながら、重い音を聞いた。

 「山が……怒っている。   これはただの地鳴りではない。  山の心臓が乱れている」

 レラ・カムイは森の仲間たちを集めた。

 川の女神トゥラノ、  影を食べるフクロウのカゲ・ムン、  若いシャチの精霊レタラ・レプン、  そして森の動物たち。

 トゥラノは不安げに言った。

 「山の心臓が乱れれば、川の流れも変わってしまいます。   森が崩れ、川が濁り、海にまで影響が出るでしょう」

 カゲ・ムンは羽を震わせた。

 「影も落ち着かない……   山の影が揺れている……」

 レタラ・レプンは海の匂いを感じながら言った。

 「海底にも響いています。   山が本当に怒っているのなら、世界が揺れる」

 動物たちは怯えた。

 「どうすればいいのですか……」

 レラ・カムイは言った。

 「山の心臓を見に行くしかない。   だが、山の内部へ入れるのは、山に選ばれた者だけだ」

 そのとき、一匹の若いヒグマが前に出た。  名を カムイ・シリ・ポロ――大地のクマのカムイ、キムン・カムイの血を引く若者だった。

 「ぼくが行きます。   山はぼくたちクマの祖先の住処。   山の心臓に近づけるのは、ぼくしかいません」

 レラ・カムイは頷いた。

 「ならば、わたしが風で道を開こう。   トゥラノは水の気配を読み、   カゲ・ムンは影の道を示してくれ」

 こうして、山の心臓を探す旅が始まった。

■ 山の内部へ

 カムイ・シリ・ポロは山の麓に立ち、深く息を吸った。  山の匂い、土の匂い、古い木々の匂い――  それらを胸に刻み、山の内部へと足を踏み入れた。

 山の中は暗く、湿っていた。  しかし、影は揺れ、風は道を示し、  トゥラノの水の気配が危険を知らせてくれた。

 やがて、山の奥深くに赤い光が見えた。

 それが――  山の心臓 だった。

 しかし、心臓は苦しげに脈打ち、  赤い光は黒い影に覆われていた。

 ドン……ドン……ドン……

 その音は、怒りと悲しみが混ざったような響きだった。

■ 山の心臓を覆う黒い影

 カムイ・シリ・ポロが近づくと、黒い影がうごめいた。

 「……来るな……   山は……わたしのものだ……」

 影は低くうめき、心臓にまとわりついていた。

 カゲ・ムンが震えながら言った。

 「これは……影の亡霊……   森から追われた影が、山に逃げ込んだのだ……」

 トゥラノは悲しげに言った。

 「影は居場所を求めている……   でも、山の心臓を覆えば、世界が壊れてしまう」

 レラ・カムイは風を吹かせた。

 「影よ、離れろ!   ここはおまえの居場所ではない!」

 しかし、黒い影は叫んだ。

 「いやだ……光がこわい……   ここにいれば……消えずにすむ……   だから……離れない……!」

 カムイ・シリ・ポロは一歩前に出た。

 「影よ、ぼくの胸に来い。   ぼくは大地の子。   大地は影も光も受け入れる。   ぼくの中なら、おまえは消えない」

 黒い影は揺れた。

 「……おまえは……影を恐れないのか……?」

 「恐れない。   影は大地の一部だ。   ぼくの中で眠ればいい」

 黒い影はゆっくりとカムイ・シリ・ポロの胸に吸い込まれた。  その瞬間、山の心臓が赤く輝き、脈が整い始めた。

 ドン……ドン……ドン……

 その音は、穏やかで力強い響きに変わった。

■ 山の心臓が静まる

 山全体が静かに震え、  大地は安定し、森の木々はざわめき、  川は澄んだ音を立てて流れ始めた。

 レラ・カムイは空へ舞い上がり、喜びの歌を吹いた。

 トゥラノは川の流れを感じて微笑んだ。

 カゲ・ムンは影の揺らぎを見て頷いた。

 レタラ・レプンは海の底で山の鼓動を感じ、静かに尾を振った。

 カムイ・シリ・ポロは胸に手を当てた。  そこには、黒い影が静かに眠っていた。

 「影よ、もう怯えなくていい。   ぼくが守る。   大地は広い。   おまえの居場所は、ここにある」

 山の心臓は穏やかに光り、  その光は山の外へと広がり、  世界に安らぎをもたらした。

■ その後の世界

 それ以来、山の心臓が鳴る夜はなくなった。  山は静かに大地を支え、  森は豊かに育ち、  川は澄み、  海は穏やかになった。

 そして人々はこう言うようになった。

 「山の心臓が静かなのは、大地の子が影を抱いているからだ」

 カムイ・シリ・ポロは今も山を守り、  胸の中で影を眠らせながら、  世界の均衡を見守り続けている。