| Tweet 「アイヌ神話・民話体系」全60話 第7話 山の心臓が鳴る夜https://ganta.sa-suke.com/1007.html | |
Ⅰ 自然とカムイの章(1〜15話) 第1話 風のカムイが最初に歌った日 第2話 大地を抱くクマのカムイ 第3話 川の女神トゥラノの涙 第4話 火のカムイと雪のカムイの争い 第5話 海霧を運ぶシャチの精霊 第6話 森の影を食べるフクロウの伝承 第7話 山の心臓が鳴る夜 第8話 雷のカムイが子を授ける話 第9話 霧の中で迷う鹿の魂 第10話 星を拾った少年 第11話 氷の裂け目に住む古い神 第12話 風を縫う少女と草原の歌 第13話 湖の底の鏡の国 第14話 木の根が語る千年前の記憶 第15話 太陽を背負ったカラスの旅 Ⅱ 生活と知恵の章(16〜30話)第16話 最初のアットゥシ織り Ⅲ 戦いと民族の記憶の章(31〜50話)第31話 森を歩く影の鹿角
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第7話 山の心臓が鳴る夜 世界がまだ若く、風のカムイが歌い、大地のクマのカムイが眠りを守り、川の女神トゥラノが涙で森を癒し、海のシャチの精霊が霧を運び、影を食べるフクロウが森の均衡を整えていたころ。 そのさらに奥、雲を突き刺すようにそびえる大きな山があった。 その山は カムイ・ヌプリ――神々の山と呼ばれ、 山そのものがひとつの巨大なカムイであった。 山の内部には「山の心臓」と呼ばれる赤い光の塊があり、 それが脈打つことで大地は安定し、森は育ち、川は流れ続けるといわれていた。 しかし、ある年の秋の終わり、 山の心臓が夜ごと鳴り響く ようになった。 ドン……ドン……ドン…… その音は森の奥まで届き、動物たちを震え上がらせた。 ■ 山が怒っている最初に異変に気づいたのは、風のカムイ・レラだった。 彼は山の上空を飛びながら、重い音を聞いた。 「山が……怒っている。 これはただの地鳴りではない。 山の心臓が乱れている」 レラ・カムイは森の仲間たちを集めた。 川の女神トゥラノ、 影を食べるフクロウのカゲ・ムン、 若いシャチの精霊レタラ・レプン、 そして森の動物たち。 トゥラノは不安げに言った。 「山の心臓が乱れれば、川の流れも変わってしまいます。 森が崩れ、川が濁り、海にまで影響が出るでしょう」 カゲ・ムンは羽を震わせた。 「影も落ち着かない…… 山の影が揺れている……」 レタラ・レプンは海の匂いを感じながら言った。 「海底にも響いています。 山が本当に怒っているのなら、世界が揺れる」 動物たちは怯えた。 「どうすればいいのですか……」 レラ・カムイは言った。 「山の心臓を見に行くしかない。 だが、山の内部へ入れるのは、山に選ばれた者だけだ」 そのとき、一匹の若いヒグマが前に出た。 名を カムイ・シリ・ポロ――大地のクマのカムイ、キムン・カムイの血を引く若者だった。 「ぼくが行きます。 山はぼくたちクマの祖先の住処。 山の心臓に近づけるのは、ぼくしかいません」 レラ・カムイは頷いた。 「ならば、わたしが風で道を開こう。 トゥラノは水の気配を読み、 カゲ・ムンは影の道を示してくれ」 こうして、山の心臓を探す旅が始まった。 ■ 山の内部へカムイ・シリ・ポロは山の麓に立ち、深く息を吸った。 山の匂い、土の匂い、古い木々の匂い―― それらを胸に刻み、山の内部へと足を踏み入れた。 山の中は暗く、湿っていた。 しかし、影は揺れ、風は道を示し、 トゥラノの水の気配が危険を知らせてくれた。 やがて、山の奥深くに赤い光が見えた。 それが―― 山の心臓 だった。 しかし、心臓は苦しげに脈打ち、 赤い光は黒い影に覆われていた。 ドン……ドン……ドン…… その音は、怒りと悲しみが混ざったような響きだった。 ■ 山の心臓を覆う黒い影カムイ・シリ・ポロが近づくと、黒い影がうごめいた。 「……来るな…… 山は……わたしのものだ……」 影は低くうめき、心臓にまとわりついていた。 カゲ・ムンが震えながら言った。 「これは……影の亡霊…… 森から追われた影が、山に逃げ込んだのだ……」 トゥラノは悲しげに言った。 「影は居場所を求めている…… でも、山の心臓を覆えば、世界が壊れてしまう」 レラ・カムイは風を吹かせた。 「影よ、離れろ! ここはおまえの居場所ではない!」 しかし、黒い影は叫んだ。 「いやだ……光がこわい…… ここにいれば……消えずにすむ…… だから……離れない……!」 カムイ・シリ・ポロは一歩前に出た。 「影よ、ぼくの胸に来い。 ぼくは大地の子。 大地は影も光も受け入れる。 ぼくの中なら、おまえは消えない」 黒い影は揺れた。 「……おまえは……影を恐れないのか……?」 「恐れない。 影は大地の一部だ。 ぼくの中で眠ればいい」 黒い影はゆっくりとカムイ・シリ・ポロの胸に吸い込まれた。 その瞬間、山の心臓が赤く輝き、脈が整い始めた。 ドン……ドン……ドン…… その音は、穏やかで力強い響きに変わった。 ■ 山の心臓が静まる山全体が静かに震え、 大地は安定し、森の木々はざわめき、 川は澄んだ音を立てて流れ始めた。 レラ・カムイは空へ舞い上がり、喜びの歌を吹いた。 トゥラノは川の流れを感じて微笑んだ。 カゲ・ムンは影の揺らぎを見て頷いた。 レタラ・レプンは海の底で山の鼓動を感じ、静かに尾を振った。 カムイ・シリ・ポロは胸に手を当てた。 そこには、黒い影が静かに眠っていた。 「影よ、もう怯えなくていい。 ぼくが守る。 大地は広い。 おまえの居場所は、ここにある」 山の心臓は穏やかに光り、 その光は山の外へと広がり、 世界に安らぎをもたらした。 ■ その後の世界それ以来、山の心臓が鳴る夜はなくなった。 山は静かに大地を支え、 森は豊かに育ち、 川は澄み、 海は穏やかになった。 そして人々はこう言うようになった。 「山の心臓が静かなのは、大地の子が影を抱いているからだ」 カムイ・シリ・ポロは今も山を守り、 胸の中で影を眠らせながら、 世界の均衡を見守り続けている。 |