「アイヌ神話・民話体系」全60話 第45話 夜明けを盗む黒い狼https://ganta.sa-suke.com/1045.html

Ⅰ 自然とカムイの章(1〜15話)

第1話 風のカムイが最初に歌った日
第2話 大地を抱くクマのカムイ
第3話 川の女神トゥラノの涙
第4話 
火のカムイと雪のカムイの争い
第5話 海霧を運ぶシャチの精霊
第6話 森の影を食べるフクロウの伝承
第7話 山の心臓が鳴る夜
第8話 雷のカムイが子を授ける話
第9話 霧の中で迷う鹿の魂
第10話 星を拾った少年
第11話 氷の裂け目に住む古い神
第12話 風を縫う少女と草原の歌
第13話 湖の底の鏡の国
第14話 木の根が語る千年前の記憶
第15話 太陽を背負ったカラスの旅

Ⅱ 生活と知恵の章(16〜30話)

第16話 最初のアットゥシ織り
第17話 狩人と弓の精霊の契約
第18話 鮭を呼ぶ歌の誕生
第19話 村を救った薬草の物語
第20話 海を渡る影の船
第21話 風の穴に落ちた少年
第22話 火の鳥が落とした赤い羽
第23話 熊送りの儀式が生まれた日
第24話 星を喰べた山の巨人
第25話 霧の森で笑う子どもたち
第26話 夜明けを運ぶ白い狼
第27話 影を縫う蜘蛛の巣
第28話 風の骨を拾う少年
第29話 月影を抱く黒鹿の旅
第30話 海底に沈んだ風の鈴

Ⅲ 戦いと民族の記憶の章(31〜50話)

第31話 森を歩く影の鹿角
第32話 雪を食べる白い影
第33話 風を忘れた山の梟
第34話 影を渡る黒い舟
第35話 星明かりを飲む黒い鳥
第36話 夜の川を渡る赤い魚
第37話 影を食べる黒い霧
第38話 風の底で眠る青い石
第39話 最後の戦いと雪嵐の夜
第40話 霧の海で歌う青い鯨
第41話 影の森で眠る黒い花
第42話 星の底で笑う赤い面
第43話 風の声を盗む黒い羽
第44話 雪の底で笑う白い面
第45話 夜明けを盗む黒い狼
第46話 影の海で眠る青い面
第47話 風の森で泣く白い鳥
第48話 月の森で歌う黒い鹿
第49話 影の谷で眠る赤い狐
第50話 風の底で歌う白い面

Ⅳ 星・海・影・雪・風 「鳥・鯨・狐・面・鹿」(51〜60話)

第51話 星の森で眠る青い鳥
第52話 海の底で笑う黒い鯨
第53話 影の森で歌う白い狐
第54話 雪の森で眠る黒い面
第55話 風の影で笑う青い狐
第56話 月の底で眠る白い鳥
第57話 影の底で笑う黒い鳥
第58話 風の森で眠る赤い鳥
第59話 星の底で笑う白い狐
第60話 雪の底で歌う黒い鹿

第45話 夜明けを盗む黒い狼

世界がまだ若く、風のカムイが歌い、大地のクマのカムイが眠りを守り、火の鳥が赤い羽を広げ、白い狼が夜明けを運び、黒鹿が月影を抱いて旅をし、雪の底で笑っていた白い面が光に溶けたころ。  その夜明け前、世界に異変が起きた。

夜が明けなかった。

空は薄暗いまま、  東の地平は光らず、  鳥たちは朝の歌を忘れ、  村人たちは不安げに囁いた。

「夜明けが来ない」 「白い狼が倒れたのか」 「夜明けを盗むものが現れた」

その噂は、  夜明けを運ぶ白い狼 シラ・ホロ・ウル の耳にも届いた。

白い狼は夜明けの光を背負って走る存在。  しかし、その背には光がなかった。

「……夜明けの光が……盗まれた……   世界が……朝を失う……」

白い狼は震えながら言った。

■ 夜明けの光を読む少女

村には、夜明けの気配を読む少女がいた。

名を アサヒ・メノコ。  朝の光の揺れ、  夜明けの息、  朝の影の震えを感じ取ることができた。

その朝、少女は空を見上げて震えた。

「……夜明けが泣いてる……   光が……奪われてる……」

白い狼が少女の前に現れた。

「アサヒ・メノコよ、   夜明けの光が“黒い狼”に盗まれた。   おまえの力が必要だ」

少女は迷わず頷いた。

「夜明けを取り戻す。   朝が来ない世界なんて、耐えられない」

■ 黒い狼の影

白い狼は少女を背に乗せ、  夜明けの道へ向かった。

夜明けの道は、  光と影が交わる細い道。

しかし、その道は黒く染まっていた。

「……黒い影が……夜明けを覆ってる……」

白い狼は低く唸った。

「黒い狼――クンネ・ウル。   夜の底に生まれた影の狼。   夜が終わることを恐れ、   夜明けを盗んだのだ」

少女は息を呑んだ。

「夜が……終わるのを恐れてる……?」

■ 黒い狼との遭遇

やがて、夜明けの道の先に  黒い影が立っていた。

黒い狼――クンネ・ウル。

その体は夜の闇のように黒く、  瞳は赤く、  背には夜明けの光が閉じ込められていた。

黒い狼は笑った。

「……夜は……終わらない……   夜明けは……いらない……   光が来れば……わたしは消える……   だから……夜明けを盗んだ……」

少女は震えながら言った。

「夜が……終わるのが怖いの……?」

黒い狼は唸った。

「……夜は……わたしの居場所……   光が来れば……わたしは影になる……   影は……誰にも見えない……   だから……夜を守る……   夜明けを奪う……」

■ 夜の恐れ

白い狼が言った。

「黒い狼は“夜の恐れ”だ。   夜が自分の終わりを恐れたとき、   その恐れが狼となって現れる」

少女は胸に手を当てた。

「夜は……終わるのが怖いんだ……」

黒い狼は吠えた。

「夜は消えたくない!   光に飲まれたくない!   だから夜明けを奪った!」

少女は静かに言った。

「夜は消えないよ。   夜は毎日戻ってくる。   夜は“終わる”んじゃなくて、   “巡ってる”んだよ」

黒い狼は揺れた。

「……巡っている……?」

■ 夜明けの試練

黒い狼は少女に近づいた。

「……おまえも……恐れている……   夜明けを救えぬことを……   光を守れぬことを……   その恐れを……わたしに寄こせ……」

少女は後ずさった。

――わたしは夜明けを救えるのか。  ――黒い狼に勝てるのか。 ――朝を取り戻せるのか。

白い狼が叫んだ。

「心を強く持て!   恐れは影だ!   影は心の揺れを映すだけだ!」

少女は深く息を吸い、  黒い狼に向かって叫んだ。

「夜は弱くない!   夜は美しい!   夜は光を待つからこそ輝くんだ!   夜があるから、朝が来る!   夜は消えない、巡るんだ!」

黒い狼は震えた。

「……夜は……消えない……?   わたしは……消えない……?」

少女は頷いた。

「夜は世界の一部だよ。   夜明けを奪わなくても、   夜はちゃんと戻ってくる」

■ 黒い狼の浄化

少女の言葉が夜明けの道に響き、  黒い狼は光を帯び始めた。

「……あたたかい……   これは……夜の心……?」

白い狼が言った。

「夜は光を恐れぬ。   夜は光とともに巡る。   おまえは夜の恐れ。   恐れを手放せば、夜は自由になる」

黒い狼はゆっくりと光に包まれ、  夜の影へと溶けていった。

その背から、  夜明けの光が解き放たれた。

■ 夜明けの帰還

白い狼は夜明けの光を背負い、  東の空へ駆け出した。

空が赤く染まり、  光が広がり、  世界に朝が戻った。

村人たちは喜んだ。

「夜明けが戻った!」 「白い狼が光を運んだ!」 「黒い狼は消えたのだ!」

アサヒ・メノコは空を見上げた。

「夜は……また来る。   だから朝も来るんだね」

白い狼は静かに頷いた。

■ その後の世界

それ以来、  夜明けがひときわ美しい朝には、  人々はこう言うようになった。

「あれは、夜明けを盗んだ黒い狼が  恐れを手放した証だ」

夜は今日も静かに巡り、  朝は世界に光を届けている。