| Tweet 「アイヌ神話・民話体系」全60話 第45話 夜明けを盗む黒い狼https://ganta.sa-suke.com/1045.html | |
Ⅰ 自然とカムイの章(1〜15話) 第1話 風のカムイが最初に歌った日 第2話 大地を抱くクマのカムイ 第3話 川の女神トゥラノの涙 第4話 火のカムイと雪のカムイの争い 第5話 海霧を運ぶシャチの精霊 第6話 森の影を食べるフクロウの伝承 第7話 山の心臓が鳴る夜 第8話 雷のカムイが子を授ける話 第9話 霧の中で迷う鹿の魂 第10話 星を拾った少年 第11話 氷の裂け目に住む古い神 第12話 風を縫う少女と草原の歌 第13話 湖の底の鏡の国 第14話 木の根が語る千年前の記憶 第15話 太陽を背負ったカラスの旅 Ⅱ 生活と知恵の章(16〜30話)第16話 最初のアットゥシ織り Ⅲ 戦いと民族の記憶の章(31〜50話)第31話 森を歩く影の鹿角
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第45話 夜明けを盗む黒い狼 世界がまだ若く、風のカムイが歌い、大地のクマのカムイが眠りを守り、火の鳥が赤い羽を広げ、白い狼が夜明けを運び、黒鹿が月影を抱いて旅をし、雪の底で笑っていた白い面が光に溶けたころ。 その夜明け前、世界に異変が起きた。 夜が明けなかった。 空は薄暗いまま、 東の地平は光らず、 鳥たちは朝の歌を忘れ、 村人たちは不安げに囁いた。 「夜明けが来ない」 「白い狼が倒れたのか」 「夜明けを盗むものが現れた」 その噂は、 夜明けを運ぶ白い狼 シラ・ホロ・ウル の耳にも届いた。 白い狼は夜明けの光を背負って走る存在。 しかし、その背には光がなかった。 「……夜明けの光が……盗まれた…… 世界が……朝を失う……」 白い狼は震えながら言った。 ■ 夜明けの光を読む少女村には、夜明けの気配を読む少女がいた。 名を アサヒ・メノコ。 朝の光の揺れ、 夜明けの息、 朝の影の震えを感じ取ることができた。 その朝、少女は空を見上げて震えた。 「……夜明けが泣いてる…… 光が……奪われてる……」 白い狼が少女の前に現れた。 「アサヒ・メノコよ、 夜明けの光が“黒い狼”に盗まれた。 おまえの力が必要だ」 少女は迷わず頷いた。 「夜明けを取り戻す。 朝が来ない世界なんて、耐えられない」 ■ 黒い狼の影白い狼は少女を背に乗せ、 夜明けの道へ向かった。 夜明けの道は、 光と影が交わる細い道。 しかし、その道は黒く染まっていた。 「……黒い影が……夜明けを覆ってる……」 白い狼は低く唸った。 「黒い狼――クンネ・ウル。 夜の底に生まれた影の狼。 夜が終わることを恐れ、 夜明けを盗んだのだ」 少女は息を呑んだ。 「夜が……終わるのを恐れてる……?」 ■ 黒い狼との遭遇やがて、夜明けの道の先に 黒い影が立っていた。 黒い狼――クンネ・ウル。 その体は夜の闇のように黒く、 瞳は赤く、 背には夜明けの光が閉じ込められていた。 黒い狼は笑った。 「……夜は……終わらない…… 夜明けは……いらない…… 光が来れば……わたしは消える…… だから……夜明けを盗んだ……」 少女は震えながら言った。 「夜が……終わるのが怖いの……?」 黒い狼は唸った。 「……夜は……わたしの居場所…… 光が来れば……わたしは影になる…… 影は……誰にも見えない…… だから……夜を守る…… 夜明けを奪う……」 ■ 夜の恐れ白い狼が言った。 「黒い狼は“夜の恐れ”だ。 夜が自分の終わりを恐れたとき、 その恐れが狼となって現れる」 少女は胸に手を当てた。 「夜は……終わるのが怖いんだ……」 黒い狼は吠えた。 「夜は消えたくない! 光に飲まれたくない! だから夜明けを奪った!」 少女は静かに言った。 「夜は消えないよ。 夜は毎日戻ってくる。 夜は“終わる”んじゃなくて、 “巡ってる”んだよ」 黒い狼は揺れた。 「……巡っている……?」 ■ 夜明けの試練黒い狼は少女に近づいた。 「……おまえも……恐れている…… 夜明けを救えぬことを…… 光を守れぬことを…… その恐れを……わたしに寄こせ……」 少女は後ずさった。 ――わたしは夜明けを救えるのか。 ――黒い狼に勝てるのか。 ――朝を取り戻せるのか。 白い狼が叫んだ。 「心を強く持て! 恐れは影だ! 影は心の揺れを映すだけだ!」 少女は深く息を吸い、 黒い狼に向かって叫んだ。 「夜は弱くない! 夜は美しい! 夜は光を待つからこそ輝くんだ! 夜があるから、朝が来る! 夜は消えない、巡るんだ!」 黒い狼は震えた。 「……夜は……消えない……? わたしは……消えない……?」 少女は頷いた。 「夜は世界の一部だよ。 夜明けを奪わなくても、 夜はちゃんと戻ってくる」 ■ 黒い狼の浄化少女の言葉が夜明けの道に響き、 黒い狼は光を帯び始めた。 「……あたたかい…… これは……夜の心……?」 白い狼が言った。 「夜は光を恐れぬ。 夜は光とともに巡る。 おまえは夜の恐れ。 恐れを手放せば、夜は自由になる」 黒い狼はゆっくりと光に包まれ、 夜の影へと溶けていった。 その背から、 夜明けの光が解き放たれた。 ■ 夜明けの帰還白い狼は夜明けの光を背負い、 東の空へ駆け出した。 空が赤く染まり、 光が広がり、 世界に朝が戻った。 村人たちは喜んだ。 「夜明けが戻った!」 「白い狼が光を運んだ!」 「黒い狼は消えたのだ!」 アサヒ・メノコは空を見上げた。 「夜は……また来る。 だから朝も来るんだね」 白い狼は静かに頷いた。 ■ その後の世界それ以来、 夜明けがひときわ美しい朝には、 人々はこう言うようになった。 「あれは、夜明けを盗んだ黒い狼が 恐れを手放した証だ」 夜は今日も静かに巡り、 朝は世界に光を届けている。 |