「アイヌ神話・民話体系」全60話 第53話 影の森で歌う白い狐https://ganta.sa-suke.com/1053.html

Ⅰ 自然とカムイの章(1〜15話)

第1話 風のカムイが最初に歌った日
第2話 大地を抱くクマのカムイ
第3話 川の女神トゥラノの涙
第4話 
火のカムイと雪のカムイの争い
第5話 海霧を運ぶシャチの精霊
第6話 森の影を食べるフクロウの伝承
第7話 山の心臓が鳴る夜
第8話 雷のカムイが子を授ける話
第9話 霧の中で迷う鹿の魂
第10話 星を拾った少年
第11話 氷の裂け目に住む古い神
第12話 風を縫う少女と草原の歌
第13話 湖の底の鏡の国
第14話 木の根が語る千年前の記憶
第15話 太陽を背負ったカラスの旅

Ⅱ 生活と知恵の章(16〜30話)

第16話 最初のアットゥシ織り
第17話 狩人と弓の精霊の契約
第18話 鮭を呼ぶ歌の誕生
第19話 村を救った薬草の物語
第20話 海を渡る影の船
第21話 風の穴に落ちた少年
第22話 火の鳥が落とした赤い羽
第23話 熊送りの儀式が生まれた日
第24話 星を喰べた山の巨人
第25話 霧の森で笑う子どもたち
第26話 夜明けを運ぶ白い狼
第27話 影を縫う蜘蛛の巣
第28話 風の骨を拾う少年
第29話 月影を抱く黒鹿の旅
第30話 海底に沈んだ風の鈴

Ⅲ 戦いと民族の記憶の章(31〜50話)

第31話 森を歩く影の鹿角
第32話 雪を食べる白い影
第33話 風を忘れた山の梟
第34話 影を渡る黒い舟
第35話 星明かりを飲む黒い鳥
第36話 夜の川を渡る赤い魚
第37話 影を食べる黒い霧
第38話 風の底で眠る青い石
第39話 最後の戦いと雪嵐の夜
第40話 霧の海で歌う青い鯨
第41話 影の森で眠る黒い花
第42話 星の底で笑う赤い面
第43話 風の声を盗む黒い羽
第44話 雪の底で笑う白い面
第45話 夜明けを盗む黒い狼
第46話 影の海で眠る青い面
第47話 風の森で泣く白い鳥
第48話 月の森で歌う黒い鹿
第49話 影の谷で眠る赤い狐
第50話 風の底で歌う白い面

Ⅳ 星・海・影・雪・風 「鳥・鯨・狐・面・鹿」(51〜60話)

第51話 星の森で眠る青い鳥
第52話 海の底で笑う黒い鯨
第53話 影の森で歌う白い狐
第54話 雪の森で眠る黒い面
第55話 風の影で笑う青い狐
第56話 月の底で眠る白い鳥
第57話 影の底で笑う黒い鳥
第58話 風の森で眠る赤い鳥
第59話 星の底で笑う白い狐
第60話 雪の底で歌う黒い鹿

第53話 影の森で歌う白い狐

世界がまだ若く、風のカムイが歌い、大地のクマのカムイが眠りを守り、火の鳥が赤い羽を広げ、白い狼が夜明けを運び、黒鹿が月影を抱いて旅をし、海の底で笑う黒い鯨が本当の笑いを海に返したころ。  その夜、影の森に奇妙な歌声が響いた。

「……カサ……カサ……」

それは風でもなく、  鳥でもなく、  影そのものが歌っているような声だった。

森の動物たちは怯えた。

「影の森に“白い狐”が現れた」  「狐が歌うと、影が揺れる」  「影の心が乱れている」

その噂は、  影を読む狐 レクン・カムイ の耳にも届いた。

レクン・カムイは影の揺れを読み、  静かに言った。

「……影の森で“白い狐”が歌っている。   あれは、影の心そのものだ」

■ 影の森を読む少女

影の気配を読むことができる少女がいた。

名を カゲユラ・メノコ。  影の揺れ、影の涙、影の歌を感じ取ることができた。

ある夜、少女は影の森の近くで  白い光を見た。

影の中で、  白い何かが揺れていた。

少女は影に手を当てた。

「……影が泣いてる……   白い狐が……影の心を歌ってる……」

そのとき、レクン・カムイが現れた。

「カゲユラ・メノコよ、   影の森に“白い狐”が現れた。   おまえの力が必要だ」

少女は頷いた。

「影を救う。   白い歌声が、影を震わせてる」

■ 影の森へ向かう

影の森は深く、  木々は影をまとい、  風は影のように冷たかった。

少女が森へ入ると、  影がざわめき、  白い光が揺れた。

そこに――  白い狐 がいた。

その体は雪のように白く、  瞳は影の奥を映し、  尾は光と影の境界を揺らしていた。

狐は歌っていた。

「……カサ……カサ……」

その歌は、  影の心を震わせるような深い響きだった。

■ 白い狐の正体

少女は震えながら言った。

「あなたが……影を揺らしているの?」

白い狐は静かに答えた。

「……わたしは……影の心……   影は……心の形……   心が揺れれば……影も揺れる……   心が泣けば……影も泣く……   心が迷えば……影も迷う……   そのすべてが積もれば……   わたしが生まれる……」

少女は息を呑んだ。

「影の……心……?」

狐は頷いた。

「……影は……心の影……   だが……心が影を忘れれば……   影は孤独になる……   孤独は歌となり……   わたしを作る……」

少女は胸が痛くなった。

「影は……孤独なんかじゃないよ。   影はいつも、わたしたちと一緒にいる」

■ 影の孤独

そのとき、森が揺れた。

影が渦を巻き、  少女と白い狐を包み込んだ。

「……影は……忘れられる……   影は……嫌われる……   影は……見られない……   だから……孤独だ……」

少女は影に飲まれそうになりながら叫んだ。

「影は嫌われてなんかいない!   影はわたしたちの一部だよ!   影があるから、光がわかるんだよ!」

白い狐は揺れた。

「……光と影は……   ともにある……?」

■ 影の試練

影の渦が少女に問いかけた。

「……おまえも……影を恐れている……   影を見れば……心が揺れる……   その恐れを……わたしに寄こせ……   わたしは……恐れを喰う……」

少女は震えた。

――わたしは影を恐れているのか。  ――影の心を癒せるのか。 ――白い狐に飲まれずにいられるのか。

レクン・カムイの声が響いた。

「心を強く持て!   影はおまえの友だ!   影を拒めば、影は孤独になる!」

少女は深く息を吸い、  白い狐に向かって叫んだ。

「影!   わたしは君を拒まない!   影はわたしの一部だよ!   光と影は、いっしょにあるもの!   影は光の友だよ!」

白い狐は震えた。

「……影は……光の友……?」

■ 白い狐の浄化

少女の言葉が影の森に響き、  白い狐は光を帯び始めた。

「……あたたかい……   これは……心の光……?」

レクン・カムイは言った。

「影は光を恐れぬ。   光があるから影は生まれる。   おまえは影の心。   孤独を手放せば、影は自由になる」

白い狐はゆっくりと光に包まれ、  影の霧となって消えていった。

影の森は静かになり、  影は穏やかに揺れた。

■ 影の帰還

少女の影は濃くなり、  しっかりと地面に寄り添った。

レクン・カムイは言った。

「おまえの心が影を救い、   影が孤独を手放した。   影は心の形。   心を大切にすれば、影も強くなる」

少女は微笑んだ。

「影は……わたしの友だ」

■ その後の世界

それ以来、  影の森がひときわ静かに揺れる夜には、  人々はこう言うようになった。

「あれは、影の森で歌っていた白い狐が  孤独を光に返した証だ」

影は今日も静かに揺れ、  光とともに世界を歩いている。