「アイヌ神話・民話体系」全60話 第57話 影の底で笑う黒い鳥https://ganta.sa-suke.com/1057.html

Ⅰ 自然とカムイの章(1〜15話)

第1話 風のカムイが最初に歌った日
第2話 大地を抱くクマのカムイ
第3話 川の女神トゥラノの涙
第4話 
火のカムイと雪のカムイの争い
第5話 海霧を運ぶシャチの精霊
第6話 森の影を食べるフクロウの伝承
第7話 山の心臓が鳴る夜
第8話 雷のカムイが子を授ける話
第9話 霧の中で迷う鹿の魂
第10話 星を拾った少年
第11話 氷の裂け目に住む古い神
第12話 風を縫う少女と草原の歌
第13話 湖の底の鏡の国
第14話 木の根が語る千年前の記憶
第15話 太陽を背負ったカラスの旅

Ⅱ 生活と知恵の章(16〜30話)

第16話 最初のアットゥシ織り
第17話 狩人と弓の精霊の契約
第18話 鮭を呼ぶ歌の誕生
第19話 村を救った薬草の物語
第20話 海を渡る影の船
第21話 風の穴に落ちた少年
第22話 火の鳥が落とした赤い羽
第23話 熊送りの儀式が生まれた日
第24話 星を喰べた山の巨人
第25話 霧の森で笑う子どもたち
第26話 夜明けを運ぶ白い狼
第27話 影を縫う蜘蛛の巣
第28話 風の骨を拾う少年
第29話 月影を抱く黒鹿の旅
第30話 海底に沈んだ風の鈴

Ⅲ 戦いと民族の記憶の章(31〜50話)

第31話 森を歩く影の鹿角
第32話 雪を食べる白い影
第33話 風を忘れた山の梟
第34話 影を渡る黒い舟
第35話 星明かりを飲む黒い鳥
第36話 夜の川を渡る赤い魚
第37話 影を食べる黒い霧
第38話 風の底で眠る青い石
第39話 最後の戦いと雪嵐の夜
第40話 霧の海で歌う青い鯨
第41話 影の森で眠る黒い花
第42話 星の底で笑う赤い面
第43話 風の声を盗む黒い羽
第44話 雪の底で笑う白い面
第45話 夜明けを盗む黒い狼
第46話 影の海で眠る青い面
第47話 風の森で泣く白い鳥
第48話 月の森で歌う黒い鹿
第49話 影の谷で眠る赤い狐
第50話 風の底で歌う白い面

Ⅳ 星・海・影・雪・風 「鳥・鯨・狐・面・鹿」(51〜60話)

第51話 星の森で眠る青い鳥
第52話 海の底で笑う黒い鯨
第53話 影の森で歌う白い狐
第54話 雪の森で眠る黒い面
第55話 風の影で笑う青い狐
第56話 月の底で眠る白い鳥
第57話 影の底で笑う黒い鳥
第58話 風の森で眠る赤い鳥
第59話 星の底で笑う白い狐
第60話 雪の底で歌う黒い鹿

第57話 影の底で笑う黒い鳥

世界がまだ若く、風のカムイが歌い、大地のクマのカムイが眠りを守り、火の鳥が赤い羽を広げ、白い狼が夜明けを運び、月の底で眠る白い鳥が月の心を空へ返したころ。  その夜、森のさらに奥――  影の底(カゲ・シタ) に、奇妙な笑い声が響いた。

「……クク……ククク……」

それは鳥の声に似ていたが、  どこか歪み、  どこか冷たく、  影の奥を震わせるような響きだった。

森の動物たちは怯えた。

「影の底で“黒い鳥”が笑っている」  「鳥が笑うと、影が暴れる」  「影の心が壊れかけている」

その噂は、  影を読む少女 カゲユラ・メノコ の耳にも届いた。

少女は影の揺れを感じ取り、  胸がざわついた。

「……影が泣いてる……   でも、笑ってる……   影の底で、黒い鳥が……」

■ 影の底へ向かう

影の森を抜け、  影の谷を越え、  少女は影の揺れを辿った。

やがて、地面に黒い裂け目が現れた。

そこが――  影の底 への入口だった。

少女は深呼吸し、  影の裂け目へ飛び込んだ。

影の底は、  光が届かず、  影が重く沈み、  心の奥の奥が形を取る場所だった。

影の涙が漂い、  影の怒りが揺れ、  影の孤独が眠り、  影の迷いが渦を巻いていた。

その中心に――  黒い鳥 がいた。

鳥は影のように黒く、  瞳は赤く、  口元には歪んだ笑みが浮かんでいた。

「……クク……ククク……」

■ 黒い鳥の声

少女は震えながら言った。

「あなたが……影を乱しているの?」

黒い鳥は笑いながら答えた。

「……わたしは……影の底……   影の涙……   影の怒り……   影の孤独……   影の迷い……   そのすべてが積もり……   わたしとなった……」

少女は息を呑んだ。

「影の……すべて……?」

黒い鳥は羽を広げた。

「……影は……心の裏側……   心が揺れれば……影も揺れる……   心が壊れれば……影も壊れる……   その壊れた影が……わたしだ……   だから……笑う……   笑えば……壊れた心は……軽くなる……   だが……笑いすぎれば……   心は……消える……」

少女は胸が痛くなった。

「影は……壊れたの……?」

■ 影の心の崩壊

そのとき、影の底が揺れた。

影の渦が巻き起こり、  黒い鳥を包み込んだ。

「……影は……忘れられ……   拒まれ……   押し込められ……   壊れた……   だから……笑う……   笑えば……痛みを忘れられる……」

少女は影に飲まれそうになりながら叫んだ。

「影は忘れられてなんかいない!   影はわたしたちの一部だよ!   影があるから、光がわかるんだよ!」

黒い鳥は揺れた。

「……光……?   わたしは……光を……知らない……」

■ 影の試練

黒い鳥は少女に近づいた。

「……おまえも……影を恐れている……   心の影を……   痛みの影を……   その恐れを……わたしに寄こせ……   わたしは……恐れを喰う……」

少女は震えた。

――わたしは影を恐れているのか。  ――影の底を癒せるのか。 ――黒い鳥に飲まれずにいられるのか。

そのとき、  影の森で歌った白い狐の声が  少女の心に響いた。

「影は光の友だ。  影を拒めば、影は壊れる。」

少女は深く息を吸い、  黒い鳥に向かって叫んだ。

「影は恐れじゃない!   影はわたしの一部だよ!   影があるから、わたしは立てるんだ!   影は光の友だよ!」

黒い鳥は震えた。

「……影は……光の友……?」

■ 黒い鳥の浄化

少女の言葉が影の底に響き、  黒い鳥は光を帯び始めた。

「……あたたかい……   これは……心の光……?」

影の渦が静まり、  黒い鳥はゆっくりと羽を閉じた。

「……わたしは……   壊れた影では……ない……   影は……光とともに……ある……」

黒い鳥は光に包まれ、  影の霧となって消えていった。

影の底は静かになり、  影は穏やかに揺れた。

■ 影の帰還

少女の影は濃く、  しっかりと地面に寄り添った。

影の森の声が響いた。

「……ありがとう……   影の底が癒えた……   影は……光とともにある……」

少女は微笑んだ。

「影は……わたしの友だよ」

■ その後の世界

それ以来、  影がひときわ静かに揺れる夜には、  人々はこう言うようになった。

「あれは、影の底で笑っていた黒い鳥が  壊れた心を光に返した証だ」

影は今日も静かに揺れ、  光とともに世界を歩いている。