| Tweet 「アイヌ神話・民話体系」全60話 第57話 影の底で笑う黒い鳥https://ganta.sa-suke.com/1057.html | |
Ⅰ 自然とカムイの章(1〜15話) 第1話 風のカムイが最初に歌った日 第2話 大地を抱くクマのカムイ 第3話 川の女神トゥラノの涙 第4話 火のカムイと雪のカムイの争い 第5話 海霧を運ぶシャチの精霊 第6話 森の影を食べるフクロウの伝承 第7話 山の心臓が鳴る夜 第8話 雷のカムイが子を授ける話 第9話 霧の中で迷う鹿の魂 第10話 星を拾った少年 第11話 氷の裂け目に住む古い神 第12話 風を縫う少女と草原の歌 第13話 湖の底の鏡の国 第14話 木の根が語る千年前の記憶 第15話 太陽を背負ったカラスの旅 Ⅱ 生活と知恵の章(16〜30話)第16話 最初のアットゥシ織り Ⅲ 戦いと民族の記憶の章(31〜50話)第31話 森を歩く影の鹿角
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第57話 影の底で笑う黒い鳥 世界がまだ若く、風のカムイが歌い、大地のクマのカムイが眠りを守り、火の鳥が赤い羽を広げ、白い狼が夜明けを運び、月の底で眠る白い鳥が月の心を空へ返したころ。 その夜、森のさらに奥―― 影の底(カゲ・シタ) に、奇妙な笑い声が響いた。 「……クク……ククク……」 それは鳥の声に似ていたが、 どこか歪み、 どこか冷たく、 影の奥を震わせるような響きだった。 森の動物たちは怯えた。 「影の底で“黒い鳥”が笑っている」 「鳥が笑うと、影が暴れる」 「影の心が壊れかけている」 その噂は、 影を読む少女 カゲユラ・メノコ の耳にも届いた。 少女は影の揺れを感じ取り、 胸がざわついた。 「……影が泣いてる…… でも、笑ってる…… 影の底で、黒い鳥が……」 ■ 影の底へ向かう影の森を抜け、 影の谷を越え、 少女は影の揺れを辿った。 やがて、地面に黒い裂け目が現れた。 そこが―― 影の底 への入口だった。 少女は深呼吸し、 影の裂け目へ飛び込んだ。 影の底は、 光が届かず、 影が重く沈み、 心の奥の奥が形を取る場所だった。 影の涙が漂い、 影の怒りが揺れ、 影の孤独が眠り、 影の迷いが渦を巻いていた。 その中心に―― 黒い鳥 がいた。 鳥は影のように黒く、 瞳は赤く、 口元には歪んだ笑みが浮かんでいた。 「……クク……ククク……」 ■ 黒い鳥の声少女は震えながら言った。 「あなたが……影を乱しているの?」 黒い鳥は笑いながら答えた。 「……わたしは……影の底…… 影の涙…… 影の怒り…… 影の孤独…… 影の迷い…… そのすべてが積もり…… わたしとなった……」 少女は息を呑んだ。 「影の……すべて……?」 黒い鳥は羽を広げた。 「……影は……心の裏側…… 心が揺れれば……影も揺れる…… 心が壊れれば……影も壊れる…… その壊れた影が……わたしだ…… だから……笑う…… 笑えば……壊れた心は……軽くなる…… だが……笑いすぎれば…… 心は……消える……」 少女は胸が痛くなった。 「影は……壊れたの……?」 ■ 影の心の崩壊そのとき、影の底が揺れた。 影の渦が巻き起こり、 黒い鳥を包み込んだ。 「……影は……忘れられ…… 拒まれ…… 押し込められ…… 壊れた…… だから……笑う…… 笑えば……痛みを忘れられる……」 少女は影に飲まれそうになりながら叫んだ。 「影は忘れられてなんかいない! 影はわたしたちの一部だよ! 影があるから、光がわかるんだよ!」 黒い鳥は揺れた。 「……光……? わたしは……光を……知らない……」 ■ 影の試練黒い鳥は少女に近づいた。 「……おまえも……影を恐れている…… 心の影を…… 痛みの影を…… その恐れを……わたしに寄こせ…… わたしは……恐れを喰う……」 少女は震えた。 ――わたしは影を恐れているのか。 ――影の底を癒せるのか。 ――黒い鳥に飲まれずにいられるのか。 そのとき、 影の森で歌った白い狐の声が 少女の心に響いた。 「影は光の友だ。 影を拒めば、影は壊れる。」 少女は深く息を吸い、 黒い鳥に向かって叫んだ。 「影は恐れじゃない! 影はわたしの一部だよ! 影があるから、わたしは立てるんだ! 影は光の友だよ!」 黒い鳥は震えた。 「……影は……光の友……?」 ■ 黒い鳥の浄化少女の言葉が影の底に響き、 黒い鳥は光を帯び始めた。 「……あたたかい…… これは……心の光……?」 影の渦が静まり、 黒い鳥はゆっくりと羽を閉じた。 「……わたしは…… 壊れた影では……ない…… 影は……光とともに……ある……」 黒い鳥は光に包まれ、 影の霧となって消えていった。 影の底は静かになり、 影は穏やかに揺れた。 ■ 影の帰還少女の影は濃く、 しっかりと地面に寄り添った。 影の森の声が響いた。 「……ありがとう…… 影の底が癒えた…… 影は……光とともにある……」 少女は微笑んだ。 「影は……わたしの友だよ」 ■ その後の世界それ以来、 影がひときわ静かに揺れる夜には、 人々はこう言うようになった。 「あれは、影の底で笑っていた黒い鳥が 壊れた心を光に返した証だ」 影は今日も静かに揺れ、 光とともに世界を歩いている。 |