| Tweet 「アイヌ神話・民話体系」全60話 第29話 月影を抱く黒鹿の旅https://ganta.sa-suke.com/1029.html | |
Ⅰ 自然とカムイの章(1〜15話) 第1話 風のカムイが最初に歌った日 第2話 大地を抱くクマのカムイ 第3話 川の女神トゥラノの涙 第4話 火のカムイと雪のカムイの争い 第5話 海霧を運ぶシャチの精霊 第6話 森の影を食べるフクロウの伝承 第7話 山の心臓が鳴る夜 第8話 雷のカムイが子を授ける話 第9話 霧の中で迷う鹿の魂 第10話 星を拾った少年 第11話 氷の裂け目に住む古い神 第12話 風を縫う少女と草原の歌 第13話 湖の底の鏡の国 第14話 木の根が語る千年前の記憶 第15話 太陽を背負ったカラスの旅 Ⅱ 生活と知恵の章(16〜30話)第16話 最初のアットゥシ織り Ⅲ 戦いと民族の記憶の章(31〜50話)第31話 森を歩く影の鹿角
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第29話 月影を抱く黒鹿の旅 世界がまだ若く、風のカムイが歌い、大地のクマのカムイが眠りを守り、火の鳥が赤い羽を広げ、白い狼が夜明けを運び、影を縫う蜘蛛が心を整え、風の骨を拾った少年が風を救ったころ。 その夜、月はひときわ大きく輝いていた。 しかし、月の光はどこか弱く、 夜の森には不安な影が揺れていた。 風のカムイ・レラは空を見上げて言った。 「月の光が……揺れている。 月影が乱れているのだ」 そのとき、森の奥から静かな足音が響いた。 黒鹿――クル・ユク が姿を現した。 黒い毛並みは夜の闇のように深く、 その角は月影を宿すように淡く光っていた。 黒鹿は、月影を運ぶ者。 月の光が地上に落ちるとき、 その影を整える役目を持つ古いカムイだった。 しかし、その黒鹿の体は弱っていた。 ■ 月影を失った黒鹿レラ・カムイは黒鹿に近づいた。 「クル・ユクよ、どうしたのだ。 おまえの角の光が弱い」 黒鹿は苦しげに言った。 「……月影が……奪われた…… わたしの角に宿るはずの影が…… “月影の盗人” に奪われた…… このままでは……月が沈む……」 レラ・カムイは驚いた。 「月が沈む……?」 黒鹿は頷いた。 「月影がなければ、月は形を保てぬ。 影が光を支えているのだ。 影を失えば、月は崩れ落ちる……」 その言葉に、森の動物たちは震えた。 「月が落ちたら、夜が壊れる」 「潮も乱れ、影も迷う」 「世界が夜の底に沈む」 黒鹿は静かに言った。 「月影を取り戻す旅に出る。 だが、わたしひとりでは…… 影の道を越えられぬ……」 ■ 月影を追う少女そのとき、ひとりの少女が現れた。 名を ツキ・メノコ。 月の光を愛し、 毎夜、月に祈りを捧げる少女だった。 ツキ・メノコは黒鹿に言った。 「わたしも行きます。 月が沈むなんて、耐えられない。 月はわたしの友だもの」 黒鹿は少女を見つめた。 「月影の旅は危険だ。 影が心を試す。 おまえの心が揺れれば、影に飲まれる」 ツキ・メノコは胸を張った。 「わたしは月を信じています。 だから、影にも負けません」 レクン・カムイ――影の狐が現れた。 「影の道はわたしが読む。 月影の盗人は、影を喰う者。 影を知る者が必要だ」 こうして、 黒鹿と少女、影の狐の旅が始まった。 ■ 月影の盗人を追って月影の盗人は、 夜の底に住む影の亡霊だった。 名を ツキカゲ・ホロ。 月影を喰らい、 月の光を奪う存在。 黒鹿は月影の気配を追い、 少女と狐はその後を追った。 森を抜け、 川を渡り、 山を越え、 やがて、夜の底へ続く裂け目にたどり着いた。 そこは光が届かず、 影だけが揺れる場所だった。 レクン・カムイが言った。 「ここが“月影の底”…… 影が月を恋しがり、 月が影を恐れる場所……」 ツキ・メノコは震えながらも進んだ。 ■ 月影の底で月影の底は、 黒い霧が渦巻く不思議な世界だった。 空は逆さまに揺れ、 地面は影でできており、 月の光だけが細い糸のように漂っていた。 その中心に、 月影の盗人ツキカゲ・ホロがいた。 体は影の霧でできており、 その胸には、黒鹿の月影が閉じ込められていた。 ツキ・メノコは叫んだ。 「月影を返して!」 影の盗人は低く笑った。 「月影は……わたしのもの…… 光は……まぶしい…… 影は……光に怯える…… だから……光を奪う……」 黒鹿は前に出た。 「月影は光を支えるもの。 光を奪えば、影も消える。 おまえは影を守っているつもりで、 影を殺しているのだ」 影の盗人は揺れた。 「……うそだ…… 光は……影を消す…… 影は……光を恐れる……」 ■ 少女の言葉ツキ・メノコは影の盗人に近づいた。 「影は光があるから生まれるんだよ。 光がなければ、影は形を持てない。 あなたは影を守りたいんでしょう? なら、光を奪っちゃだめ」 影の盗人は震えた。 「……わたしは…… ただ…… ひとりが……こわかった…… 影は……いつもひとり…… 光は……みんなに愛される…… 影は……忘れられる……」 少女は静かに言った。 「影は忘れられてなんかいないよ。 影があるから、月は美しい。 影があるから、夜は深い。 影は、光の友だよ」 影の盗人は涙のような影をこぼした。 「……友……?」 「そう。 だから、月影を返して。 光と影は、いっしょにあるべきなの」 ■ 月影の解放影の盗人は胸に抱えた月影を見つめ、 ゆっくりと手を開いた。 黒鹿の月影が光を取り戻し、 少女の手の中へ飛び込んだ。 黒鹿は角を掲げ、 月影を受け取った。 その瞬間、 角が白く輝き、 月の光が強くなった。 「……戻った…… わたしの月影が……戻った……!」 月影の底が揺れ、 影の霧が静かに晴れていった。 |