「アイヌ神話・民話体系」全60話 第43話 風の声を盗む黒い羽https://ganta.sa-suke.com/1043.html

Ⅰ 自然とカムイの章(1〜15話)

第1話 風のカムイが最初に歌った日
第2話 大地を抱くクマのカムイ
第3話 川の女神トゥラノの涙
第4話 
火のカムイと雪のカムイの争い
第5話 海霧を運ぶシャチの精霊
第6話 森の影を食べるフクロウの伝承
第7話 山の心臓が鳴る夜
第8話 雷のカムイが子を授ける話
第9話 霧の中で迷う鹿の魂
第10話 星を拾った少年
第11話 氷の裂け目に住む古い神
第12話 風を縫う少女と草原の歌
第13話 湖の底の鏡の国
第14話 木の根が語る千年前の記憶
第15話 太陽を背負ったカラスの旅

Ⅱ 生活と知恵の章(16〜30話)

第16話 最初のアットゥシ織り
第17話 狩人と弓の精霊の契約
第18話 鮭を呼ぶ歌の誕生
第19話 村を救った薬草の物語
第20話 海を渡る影の船
第21話 風の穴に落ちた少年
第22話 火の鳥が落とした赤い羽
第23話 熊送りの儀式が生まれた日
第24話 星を喰べた山の巨人
第25話 霧の森で笑う子どもたち
第26話 夜明けを運ぶ白い狼
第27話 影を縫う蜘蛛の巣
第28話 風の骨を拾う少年
第29話 月影を抱く黒鹿の旅
第30話 海底に沈んだ風の鈴

Ⅲ 戦いと民族の記憶の章(31〜50話)

第31話 森を歩く影の鹿角
第32話 雪を食べる白い影
第33話 風を忘れた山の梟
第34話 影を渡る黒い舟
第35話 星明かりを飲む黒い鳥
第36話 夜の川を渡る赤い魚
第37話 影を食べる黒い霧
第38話 風の底で眠る青い石
第39話 最後の戦いと雪嵐の夜
第40話 霧の海で歌う青い鯨
第41話 影の森で眠る黒い花
第42話 星の底で笑う赤い面
第43話 風の声を盗む黒い羽
第44話 雪の底で笑う白い面
第45話 夜明けを盗む黒い狼
第46話 影の海で眠る青い面
第47話 風の森で泣く白い鳥
第48話 月の森で歌う黒い鹿
第49話 影の谷で眠る赤い狐
第50話 風の底で歌う白い面

Ⅳ 星・海・影・雪・風 「鳥・鯨・狐・面・鹿」(51〜60話)

第51話 星の森で眠る青い鳥
第52話 海の底で笑う黒い鯨
第53話 影の森で歌う白い狐
第54話 雪の森で眠る黒い面
第55話 風の影で笑う青い狐
第56話 月の底で眠る白い鳥
第57話 影の底で笑う黒い鳥
第58話 風の森で眠る赤い鳥
第59話 星の底で笑う白い狐
第60話 雪の底で歌う黒い鹿

第43話 風の声を盗む黒い羽

世界がまだ若く、風のカムイが歌い、大地のクマのカムイが眠りを守り、火の鳥が赤い羽を広げ、白い狼が夜明けを運び、黒鹿が月影を抱いて旅をし、青い鯨が霧の海で海の記憶を洗い、星の底の赤い面が光に溶けたころ。  その草原に、奇妙な異変が起きていた。

風の声が消えていた。

風は吹いているのに、  草は揺れているのに、  風の歌が聞こえなかった。

風のカムイ・レラは驚いた。

「風が吹いているのに……声がない。   これは、風の声が“盗まれた”のだ」

草原の動物たちは怯えた。

「風が黙っている」  「風の歌が聞こえない」  「風の声を盗むものがいる」

その噂は、  風の気配を読む少年 カゼト・シモ の耳にも届いた。

少年は風を感じ、  胸がざわついた。

「……風が泣いてる……   声を奪われて、苦しんでる……」

■ 黒い羽の出現

その夜、草原に黒い影が落ちた。

風が吹くたびに、  影は羽のように揺れ、  風の音を吸い込んでいた。

少年はそれを見て息を呑んだ。

黒い羽――カゲ・パシク。

羽は風に乗らず、  風を吸い込み、  風の声だけを奪っていた。

少年が近づくと、  黒い羽は低く囁いた。

「……風の声……   あたたかい……   もっと……もっと……」

少年は叫んだ。

「風の声を返して!   風は声がないと、世界を巡れない!」

黒い羽は揺れた。

「……いやだ……   わたしは……風の声が欲しい……   声があれば……   わたしは……“風になれる”……」

少年は驚いた。

「風になりたい……?」

■ 黒い羽の正体

風のカムイ・レラが現れた。

「カゼト・シモよ、   黒い羽は“風の影”だ。   風が迷ったとき、   影が羽となって現れる」

少年は目を見開いた。

「風の……影……?」

レラ・カムイは頷いた。

「風は世界中を巡るが、   ときに自分の声を疑う。   “わたしの声は誰にも届かないのではないか”   その迷いが影となり、   黒い羽を生むのだ」

少年は胸が痛くなった。

「風は……自分の声を疑っていたんだ……」

黒い羽は震えた。

「……わたしは……   風の声が欲しい……   声があれば……   わたしは風になれる……   風のように……世界を巡れる……」

少年は静かに言った。

「君は風じゃない。   でも、風の一部なんだ。   風の声を奪うんじゃなくて、   風と一緒に歌えばいいんだよ」

■ 風の試練

黒い羽は揺れ、  少年に近づいた。

「……おまえは……   風の声を聞ける……   その声を……わたしに寄こせ……   おまえの声を……奪えば……   わたしは風になれる……」

少年は後ずさった。

――ぼくの声を奪う気だ。  ――風の声を守れるのか。 ――黒い羽に勝てるのか。

レラ・カムイが叫んだ。

「心を強く持て!   風の声は心の声だ!   心を奪われれば、風も奪われる!」

少年は深く息を吸い、  黒い羽に向かって叫んだ。

「ぼくの声は渡さない!   風の声も渡さない!   風は迷ってなんかいない!   風の声は、世界に届いてる!」

黒い羽は震えた。

「……届いている……?   風の声は……   誰かに届いている……?」

少年は頷いた。

「ぼくに届いてる。   ぼくは風の声に救われた。   だから、風の声は奪わせない!」

■ 黒い羽の浄化

少年の言葉が風の底に響き、  黒い羽は光を帯び始めた。

「……あたたかい……   これは……風の心……?」

レラ・カムイは言った。

「風の声は奪うものではない。   風の声は、風とともに歌うものだ。   おまえは風の影。   風の声を返し、   風とともに舞え」

黒い羽はゆっくりと光に包まれ、  風の中へ溶けていった。

風が吹き、  風の声が戻った。

ヒュウウウ……

草原が歌い、  風は喜びの声を上げた。

■ 風の帰還

風のカムイ・レラは少年に言った。

「おまえの心が、風の声を守った。   風は迷わぬ。   おまえが風を信じたからだ」

少年は風に向かって言った。

「これからも、ぼくに風の声を聞かせてね」

風は優しく吹き、  少年の髪を揺らした。

■ その後の世界

それ以来、  風がひときわ澄んだ声で歌う日には、  人々はこう言うようになった。

「あれは、風の声を盗んだ黒い羽が  風とともに歌っているのだ」

黒い羽は風の影として、  今日も風とともに世界を巡っている。