「アイヌ神話・民話体系」全60話 第8話 雷のカムイが子を授ける話https://ganta.sa-suke.com/1008.html

Ⅰ 自然とカムイの章(1〜15話)

第1話 風のカムイが最初に歌った日

第2話 大地を抱くクマのカムイ
第3話 川の女神トゥラノの涙
第4話 
火のカムイと雪のカムイの争い
第5話 海霧を運ぶシャチの精霊
第6話 森の影を食べるフクロウの伝承
第7話 山の心臓が鳴る夜
第8話 雷のカムイが子を授ける話
第9話 霧の中で迷う鹿の魂
第10話 星を拾った少年
第11話 氷の裂け目に住む古い神
第12話 風を縫う少女と草原の歌
第13話 湖の底の鏡の国
第14話 木の根が語る千年前の記憶
第15話 太陽を背負ったカラスの旅

Ⅱ 生活と知恵の章(16〜30話)

第16話 最初のアットゥシ織り
第17話 狩人と弓の精霊の契約
第18話 鮭を呼ぶ歌の誕生
第19話 村を救った薬草の物語
第20話 海を渡る影の船
第21話 風の穴に落ちた少年
第22話 火の鳥が落とした赤い羽
第23話 熊送りの儀式が生まれた日
第24話 星を喰べた山の巨人
第25話 霧の森で笑う子どもたち
第26話 夜明けを運ぶ白い狼
第27話 影を縫う蜘蛛の巣
第28話 風の骨を拾う少年
第29話 月影を抱く黒鹿の旅
第30話 海底に沈んだ風の鈴

Ⅲ 戦いと民族の記憶の章(31〜50話)

第31話 森を歩く影の鹿角
第32話 雪を食べる白い影
第33話 風を忘れた山の梟
第34話 影を渡る黒い舟
第35話 星明かりを飲む黒い鳥
第36話 夜の川を渡る赤い魚
第37話 影を食べる黒い霧
第38話 風の底で眠る青い石
第39話 最後の戦いと雪嵐の夜
第40話 霧の海で歌う青い鯨
第41話 影の森で眠る黒い花
第42話 星の底で笑う赤い面
第43話 風の声を盗む黒い羽
第44話 雪の底で笑う白い面
第45話 夜明けを盗む黒い狼
第46話 影の海で眠る青い面
第47話 風の森で泣く白い鳥
第48話 月の森で歌う黒い鹿
第49話 影の谷で眠る赤い狐
第50話 風の底で歌う白い面

Ⅳ 星・海・影・雪・風 「鳥・鯨・狐・面・鹿」(51〜60話)

第51話 星の森で眠る青い鳥
第52話 海の底で笑う黒い鯨
第53話 影の森で歌う白い狐
第54話 雪の森で眠る黒い面
第55話 風の影で笑う青い狐
第56話 月の底で眠る白い鳥
第57話 影の底で笑う黒い鳥
第58話 風の森で眠る赤い鳥
第59話 星の底で笑う白い狐
第60話 雪の底で歌う黒い鹿

 第8話 雷のカムイが子を授ける話

 世界がまだ若く、風のカムイが歌い、大地のクマのカムイが眠りを守り、川の女神トゥラノが涙で森を癒し、海のシャチの精霊が霧を運び、影を食べるフクロウが森の均衡を整え、山の心臓が静かに脈打っていたころ。  その空のさらに高みには、もうひとつの強大なカムイがいた。

 カムイ・フンペ――雷のカムイである。

 彼は空を駆ける巨人で、体は雲のように黒く、目は稲光のように鋭く、声は雷鳴そのものだった。  彼が怒れば空は裂け、彼が笑えば雨が降り、彼が眠れば空は静まり返った。

 しかし、雷のカムイは孤独だった。  空の上には彼しかおらず、話し相手も、寄り添う者もいなかった。

 そんなある日のこと。  雷のカムイは、森の上を飛びながら、ひとりの人間の女を見つけた。

■ 子を望む女

 その女の名は シノッ・カラ。  森の小さな村に住む、優しい心を持つ女性だった。

 シノッ・カラは長い間、子を授かることを願っていた。  しかし、どれだけ祈っても、どれだけ季節が巡っても、彼女の腕に抱く子は現れなかった。

 ある夕暮れ、シノッ・カラはひとりで森の奥へ向かい、空に向かって祈った。

 「どうか……どうか、わたしに子を授けてください。   この腕に抱く命を……わたしはずっと待っています」

 その声は風に乗り、空の高みへと届いた。

 雷のカムイ・フンペは、その祈りを聞いた。

 「子を……望んでいるのか。   だが、なぜわたしに祈るのだ。   わたしは雷。   命を与えるカムイではない」

 しかし、シノッ・カラの声は震えていた。

 「わたしは誰に祈ればよいのかわかりません。   空の上のカムイよ、どうか……どうか聞いてください」

 雷のカムイは胸が熱くなった。  空の上で孤独だった彼の心に、初めて温かいものが灯った。

■ 雷のカムイの決意

 フンペは雲の上で考え続けた。

 「わたしは雷。   命を生むことはできぬ。   だが……彼女の願いを叶えたい」

 そのとき、風のカムイ・レラが空へ舞い上がってきた。

 「フンペよ、珍しいな。   おまえがそんな顔をしているのは」

 フンペは重い声で言った。

 「人間の女が、子を望んで祈っていた。   わたしに……だ。   だが、わたしには何もできぬ」

 レラは風を揺らしながら笑った。

 「できるさ。   おまえは雷。   雷は大地に力を与え、草木を育てる。   命を芽吹かせる力を持っている」

 フンペは驚いた。

 「わたしが……命を?」

 「そうだ。   雷は恐れられるが、同時に恵みでもある。   おまえの力は、命を呼ぶ力だ」

 フンペの胸に、強い決意が生まれた。

 「……ならば、わたしは彼女に子を授けよう」

■ 雷の夜

 その夜、空は厚い雲に覆われ、雷が鳴り響いた。  村人たちは恐れて家に閉じこもったが、シノッ・カラだけは外に出て空を見上げた。

 「空のカムイよ……あなたはわたしの祈りを聞いてくれましたか」

 その瞬間、空が裂け、まばゆい光が降り注いだ。

 雷のカムイ・フンペが姿を現したのだ。

 「シノッ・カラよ。   おまえの祈り、確かに聞いた。   わたしは雷。   命を生むカムイではない。   だが……おまえの願いを叶えたい」

 シノッ・カラは涙を流した。

 「ありがとうございます……ありがとうございます……」

 フンペは雷の光を胸に集め、それを小さな光の玉に変えた。

 「これは雷の子。   わたしの力の一部だ。   おまえの体に宿せば、やがて命となる」

 光の玉はシノッ・カラの胸に吸い込まれ、彼女の体を温かく包んだ。

 フンペは静かに言った。

 「この子は強く、優しい子になるだろう。   雷の力を持ちながら、人の心を持つ。   どうか、大切に育ててくれ」

 シノッ・カラは深く頭を下げた。

 「必ず……必ず大切に育てます」

 雷のカムイは満足げに頷き、空へと戻っていった。

■ 雷の子の誕生

 それから月日が流れ、  シノッ・カラは元気な男の子を産んだ。

 その子は生まれた瞬間、  小さな雷のような声で泣き、  村中に響き渡った。

 村人たちは驚き、  「雷の子だ」と噂した。

 しかし、シノッ・カラは優しく抱きしめた。

 「あなたは空から授かった子。   強く、優しく育ちなさい」

 子は カムイ・ウタラ と名付けられた。

 ウタラは成長するにつれ、不思議な力を見せた。  怒ると空が鳴り、笑うと雨が降り、泣くと雷が遠くで響いた。

 しかし、彼は優しい子だった。  森の動物を助け、川の流れを読み、風の歌を聞き分けた。

 雷のカムイ・フンペは、空の上からその成長を見守っていた。

 「よく育っている……   あの女は、わたしの子を立派に育てている……」

■ 雷の子の使命

 ある日、ウタラは空を見上げて言った。

 「お母さん、ぼくは空へ行きたい。   ぼくを授けてくれたカムイに会いたい」

 シノッ・カラは微笑んだ。

 「行きなさい。  あなたの父は空の上で待っている」

 ウタラが空へ向かって叫ぶと、  雷が鳴り、雲が割れ、フンペが姿を現した。

 「ウタラよ……よく来た」

 ウタラは胸を張って言った。

 「ぼくはあなたの子です。   空の力を持っています。   ぼくは何をすればいいのですか」

 フンペは優しく言った。

 「おまえは空と地をつなぐ者。   雷の力で大地を守り、   人々を導くのだ」

 ウタラは頷いた。

 「わかりました。   ぼくは空の子として生きます」

 その日から、ウタラは村と空を行き来し、  雷の力で嵐を鎮め、  雨を呼び、  人々を守る存在となった。

■ その後の世界

 人々はこう語り継ぐようになった。

 「雷が優しく鳴る夜は、雷の子ウタラが空と地を見守っている証だ」

 雷のカムイ・フンペは孤独ではなくなり、  シノッ・カラは母として幸せに暮らし、  ウタラは空と地をつなぐ守り手となった。

 そして今も、  雷が遠くで優しく響く夜には、  人々は空を見上げて微笑む。

 「あれは、雷のカムイが子に語りかけているのだ」