「アイヌ神話・民話体系」全60話 第44話 雪の底で笑う白い面 https://ganta.sa-suke.com/1044.html

Ⅰ 自然とカムイの章(1〜15話)

第1話 風のカムイが最初に歌った日
第2話 大地を抱くクマのカムイ
第3話 川の女神トゥラノの涙
第4話 
火のカムイと雪のカムイの争い
第5話 海霧を運ぶシャチの精霊
第6話 森の影を食べるフクロウの伝承
第7話 山の心臓が鳴る夜
第8話 雷のカムイが子を授ける話
第9話 霧の中で迷う鹿の魂
第10話 星を拾った少年
第11話 氷の裂け目に住む古い神
第12話 風を縫う少女と草原の歌
第13話 湖の底の鏡の国
第14話 木の根が語る千年前の記憶
第15話 太陽を背負ったカラスの旅

Ⅱ 生活と知恵の章(16〜30話)

第16話 最初のアットゥシ織り
第17話 狩人と弓の精霊の契約
第18話 鮭を呼ぶ歌の誕生
第19話 村を救った薬草の物語
第20話 海を渡る影の船
第21話 風の穴に落ちた少年
第22話 火の鳥が落とした赤い羽
第23話 熊送りの儀式が生まれた日
第24話 星を喰べた山の巨人
第25話 霧の森で笑う子どもたち
第26話 夜明けを運ぶ白い狼
第27話 影を縫う蜘蛛の巣
第28話 風の骨を拾う少年
第29話 月影を抱く黒鹿の旅
第30話 海底に沈んだ風の鈴

Ⅲ 戦いと民族の記憶の章(31〜50話)

第31話 森を歩く影の鹿角
第32話 雪を食べる白い影
第33話 風を忘れた山の梟
第34話 影を渡る黒い舟
第35話 星明かりを飲む黒い鳥
第36話 夜の川を渡る赤い魚
第37話 影を食べる黒い霧
第38話 風の底で眠る青い石
第39話 最後の戦いと雪嵐の夜
第40話 霧の海で歌う青い鯨
第41話 影の森で眠る黒い花
第42話 星の底で笑う赤い面
第43話 風の声を盗む黒い羽
第44話 雪の底で笑う白い面
第45話 夜明けを盗む黒い狼
第46話 影の海で眠る青い面
第47話 風の森で泣く白い鳥
第48話 月の森で歌う黒い鹿
第49話 影の谷で眠る赤い狐
第50話 風の底で歌う白い面

Ⅳ 星・海・影・雪・風 「鳥・鯨・狐・面・鹿」(51〜60話)

第51話 星の森で眠る青い鳥
第52話 海の底で笑う黒い鯨
第53話 影の森で歌う白い狐
第54話 雪の森で眠る黒い面
第55話 風の影で笑う青い狐
第56話 月の底で眠る白い鳥
第57話 影の底で笑う黒い鳥
第58話 風の森で眠る赤い鳥
第59話 星の底で笑う白い狐
第60話 雪の底で歌う黒い鹿

第44話 雪の底で笑う白い面

、大地のクマのカムイが眠りを守り、火の鳥が赤い羽を広げ、白い狼が夜明けを運び、黒鹿が月影を抱いて旅をし、青い鯨が霧の海で海の記憶を洗い、風の声を盗んだ黒い羽が風とともに歌うようになったころ。  その冬、雪原に奇妙な噂が広がった。

「雪の底で、白い面が笑っている」

雪を踏むと、  どこか遠くから笑い声が響くという。

「ヒヒ……ヒヒヒ……」

雪原の動物たちは震えた。

「雪の底に“白い面”がいる」  「面が笑うと、雪が重くなる」  「雪の心が凍ってしまう」

その噂は、  雪原の守り手 エトゥン・ユク(霜をまとう鹿の王)の耳にも届いた。

エトゥン・ユクは雪原を歩き、  雪の揺れを読み取った。

「……雪の心が乱れている。   白い面が目覚めたのだ」

■ 雪の声を聞く少年

雪原の村に、  雪の気配を読むことができる少年がいた。

名を ユキト・シモ。  雪の揺れ、雪の涙、雪の歌を感じ取ることができた。

ある夜、少年は雪原で奇妙な声を聞いた。

「ヒヒ……ヒヒヒ……」

雪の底から笑い声が響き、  雪がわずかに震えていた。

少年は雪に手を当てた。

「……雪が怖がってる……   白い面が、雪の心を凍らせてる……」

そのとき、エトゥン・ユクが現れた。

「ユキト・シモよ、   雪の底に“白い面”が現れた。   雪の心が凍りつき、   冬が迷っている」

少年は息を呑んだ。

「白い面って……何?」

エトゥン・ユクは静かに言った。

「白い面は“雪の恐れ”だ。   雪が自分の消えることを恐れたとき、   その恐れが面となって現れる」

■ 雪の恐れ

少年は雪を見つめた。

「雪が……消えることを恐れている……?」

エトゥン・ユクは頷いた。

「雪は春が来れば溶ける。   それは雪の役目だ。   だが、今年の雪は迷っている。   “消えるのが怖い”と泣いている。   その恐れが白い面を生んだのだ」

少年は胸が痛くなった。

「雪は……消えるのが怖いんだ……」

エトゥン・ユクは言った。

「白い面は雪の心を凍らせ、   雪を重くし、   冬を止めてしまう。   このままでは、季節が動かぬ」

少年は決意した。

「ぼくが白い面を止める!   雪の心を取り戻す!」

■ 雪の底へ

エトゥン・ユクは雪を踏みしめ、  雪の底への道を開いた。

雪が沈み、  白い霧が立ち上り、  雪の底が口を開いた。

少年はその中へ飛び込んだ。

雪の底は、  白い霧と影が混ざり合う不思議な世界だった。

雪の記憶が漂い、  雪の涙が凍りつき、  雪の歌が途切れていた。

その中心に、  白い面が浮かんでいた。

面は笑っていた。

「ヒヒ……ヒヒヒ……」

■ 白い面の正体

少年は震えながら言った。

「あなたが……雪を凍らせているの?」

白い面は笑いながら答えた。

「……雪は……弱い……   春が来れば……消える……   だから……恐れている……   わたしは……雪の恐れ……   恐れは……笑う……   笑えば……雪は凍る……」

少年は息を呑んだ。

「雪の……恐れ……?」

白い面は揺れた。

「……雪は……消えたくない……   消えるのが……怖い……   だから……わたしが生まれた……   雪を凍らせ……   消えないように……守るために……」

少年は首を振った。

「それは守ってるんじゃない!   雪を閉じ込めてるだけだ!」

■ 雪の試練

白い面は少年に近づいた。

「……おまえも……恐れている……   雪を救えぬことを……   冬を守れぬことを……   その恐れを……わたしに寄こせ……   わたしは……恐れを喰う……」

少年は後ずさった。

――ぼくは雪を救えるのか。  ――白い面に勝てるのか。 ――雪の心を取り戻せるのか。

エトゥン・ユクの声が響いた。

「心を強く持て!   恐れは影だ!   影は心の揺れを映すだけだ!」

少年は深く息を吸い、  白い面に向かって叫んだ。

「雪は弱くない!   雪は春に溶けるけど、   また冬に戻ってくる!   雪は消えるんじゃない、   巡ってるんだ!」

白い面は揺れた。

「……巡っている……?   雪は……消えない……?」

少年は頷いた。

「雪は季節を巡る旅人だよ。   消えるんじゃない。   眠って、また戻ってくるんだ!」

■ 白い面の浄化

少年の言葉が雪の底に響き、  白い面は震え始めた。

「……あたたかい……   これは……雪の心……?」

エトゥン・ユクが言った。

「恐れは光に照らされれば消える。   おまえは雪の恐れ。   雪が巡ることを思い出せば、   おまえは消えるのだ」

白い面はゆっくりと光に包まれ、  形を失い、  雪の光へと溶けていった。

雪の底が輝き、  雪の心が軽くなった。

■ 雪の帰還

少年が雪原へ戻ると、  雪は軽く、  風は冷たく澄み、  冬は静かに息をした。

エトゥン・ユクは言った。

「おまえの心が、雪の恐れを照らした。   雪は巡る。   それを思い出したのだ」

少年は雪に向かって言った。

「これからも、ぼくに雪の歌を聞かせてね」

雪は優しく舞い、  少年の肩に落ちた。

■ その後の世界

それ以来、  雪がひときわ美しく降る夜には、  人々はこう言うようになった。

「あれは、雪の底で笑っていた白い面が  光に溶けた証だ」

雪は今日も静かに降り、  季節を巡る旅を続けている。