| Tweet 「アイヌ神話・民話体系」全60話 第44話 雪の底で笑う白い面 https://ganta.sa-suke.com/1044.html | |
Ⅰ 自然とカムイの章(1〜15話) 第1話 風のカムイが最初に歌った日 第2話 大地を抱くクマのカムイ 第3話 川の女神トゥラノの涙 第4話 火のカムイと雪のカムイの争い 第5話 海霧を運ぶシャチの精霊 第6話 森の影を食べるフクロウの伝承 第7話 山の心臓が鳴る夜 第8話 雷のカムイが子を授ける話 第9話 霧の中で迷う鹿の魂 第10話 星を拾った少年 第11話 氷の裂け目に住む古い神 第12話 風を縫う少女と草原の歌 第13話 湖の底の鏡の国 第14話 木の根が語る千年前の記憶 第15話 太陽を背負ったカラスの旅 Ⅱ 生活と知恵の章(16〜30話)第16話 最初のアットゥシ織り Ⅲ 戦いと民族の記憶の章(31〜50話)第31話 森を歩く影の鹿角
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第44話 雪の底で笑う白い面 、大地のクマのカムイが眠りを守り、火の鳥が赤い羽を広げ、白い狼が夜明けを運び、黒鹿が月影を抱いて旅をし、青い鯨が霧の海で海の記憶を洗い、風の声を盗んだ黒い羽が風とともに歌うようになったころ。 その冬、雪原に奇妙な噂が広がった。 「雪の底で、白い面が笑っている」 雪を踏むと、 どこか遠くから笑い声が響くという。 「ヒヒ……ヒヒヒ……」 雪原の動物たちは震えた。 「雪の底に“白い面”がいる」 「面が笑うと、雪が重くなる」 「雪の心が凍ってしまう」 その噂は、 雪原の守り手 エトゥン・ユク(霜をまとう鹿の王)の耳にも届いた。 エトゥン・ユクは雪原を歩き、 雪の揺れを読み取った。 「……雪の心が乱れている。 白い面が目覚めたのだ」 ■ 雪の声を聞く少年雪原の村に、 雪の気配を読むことができる少年がいた。 名を ユキト・シモ。 雪の揺れ、雪の涙、雪の歌を感じ取ることができた。 ある夜、少年は雪原で奇妙な声を聞いた。 「ヒヒ……ヒヒヒ……」 雪の底から笑い声が響き、 雪がわずかに震えていた。 少年は雪に手を当てた。 「……雪が怖がってる…… 白い面が、雪の心を凍らせてる……」 そのとき、エトゥン・ユクが現れた。 「ユキト・シモよ、 雪の底に“白い面”が現れた。 雪の心が凍りつき、 冬が迷っている」 少年は息を呑んだ。 「白い面って……何?」 エトゥン・ユクは静かに言った。 「白い面は“雪の恐れ”だ。 雪が自分の消えることを恐れたとき、 その恐れが面となって現れる」 ■ 雪の恐れ少年は雪を見つめた。 「雪が……消えることを恐れている……?」 エトゥン・ユクは頷いた。 「雪は春が来れば溶ける。 それは雪の役目だ。 だが、今年の雪は迷っている。 “消えるのが怖い”と泣いている。 その恐れが白い面を生んだのだ」 少年は胸が痛くなった。 「雪は……消えるのが怖いんだ……」 エトゥン・ユクは言った。 「白い面は雪の心を凍らせ、 雪を重くし、 冬を止めてしまう。 このままでは、季節が動かぬ」 少年は決意した。 「ぼくが白い面を止める! 雪の心を取り戻す!」 ■ 雪の底へエトゥン・ユクは雪を踏みしめ、 雪の底への道を開いた。 雪が沈み、 白い霧が立ち上り、 雪の底が口を開いた。 少年はその中へ飛び込んだ。 雪の底は、 白い霧と影が混ざり合う不思議な世界だった。 雪の記憶が漂い、 雪の涙が凍りつき、 雪の歌が途切れていた。 その中心に、 白い面が浮かんでいた。 面は笑っていた。 「ヒヒ……ヒヒヒ……」 ■ 白い面の正体少年は震えながら言った。 「あなたが……雪を凍らせているの?」 白い面は笑いながら答えた。 「……雪は……弱い…… 春が来れば……消える…… だから……恐れている…… わたしは……雪の恐れ…… 恐れは……笑う…… 笑えば……雪は凍る……」 少年は息を呑んだ。 「雪の……恐れ……?」 白い面は揺れた。 「……雪は……消えたくない…… 消えるのが……怖い…… だから……わたしが生まれた…… 雪を凍らせ…… 消えないように……守るために……」 少年は首を振った。 「それは守ってるんじゃない! 雪を閉じ込めてるだけだ!」 ■ 雪の試練白い面は少年に近づいた。 「……おまえも……恐れている…… 雪を救えぬことを…… 冬を守れぬことを…… その恐れを……わたしに寄こせ…… わたしは……恐れを喰う……」 少年は後ずさった。 ――ぼくは雪を救えるのか。 ――白い面に勝てるのか。 ――雪の心を取り戻せるのか。 エトゥン・ユクの声が響いた。 「心を強く持て! 恐れは影だ! 影は心の揺れを映すだけだ!」 少年は深く息を吸い、 白い面に向かって叫んだ。 「雪は弱くない! 雪は春に溶けるけど、 また冬に戻ってくる! 雪は消えるんじゃない、 巡ってるんだ!」 白い面は揺れた。 「……巡っている……? 雪は……消えない……?」 少年は頷いた。 「雪は季節を巡る旅人だよ。 消えるんじゃない。 眠って、また戻ってくるんだ!」 ■ 白い面の浄化少年の言葉が雪の底に響き、 白い面は震え始めた。 「……あたたかい…… これは……雪の心……?」 エトゥン・ユクが言った。 「恐れは光に照らされれば消える。 おまえは雪の恐れ。 雪が巡ることを思い出せば、 おまえは消えるのだ」 白い面はゆっくりと光に包まれ、 形を失い、 雪の光へと溶けていった。 雪の底が輝き、 雪の心が軽くなった。 ■ 雪の帰還少年が雪原へ戻ると、 雪は軽く、 風は冷たく澄み、 冬は静かに息をした。 エトゥン・ユクは言った。 「おまえの心が、雪の恐れを照らした。 雪は巡る。 それを思い出したのだ」 少年は雪に向かって言った。 「これからも、ぼくに雪の歌を聞かせてね」 雪は優しく舞い、 少年の肩に落ちた。 ■ その後の世界それ以来、 雪がひときわ美しく降る夜には、 人々はこう言うようになった。 「あれは、雪の底で笑っていた白い面が 光に溶けた証だ」 雪は今日も静かに降り、 季節を巡る旅を続けている。 |