「アイヌ神話・民話体系」全60話 第4話 火のカムイと雪のカムイの争いhttps://ganta.sa-suke.com/1004.html

Ⅰ 自然とカムイの章(1〜15話)

第1話 風のカムイが最初に歌った日
第2話 大地を抱くクマのカムイ
第3話 川の女神トゥラノの涙
第4話 
火のカムイと雪のカムイの争い
第5話 海霧を運ぶシャチの精霊
第6話 森の影を食べるフクロウの伝承
第7話 山の心臓が鳴る夜
第8話 雷のカムイが子を授ける話
第9話 霧の中で迷う鹿の魂
第10話 星を拾った少年
第11話 氷の裂け目に住む古い神
第12話 風を縫う少女と草原の歌
第13話 湖の底の鏡の国
第14話 木の根が語る千年前の記憶
第15話 太陽を背負ったカラスの旅

Ⅱ 生活と知恵の章(16〜30話)

第16話 最初のアットゥシ織り
第17話 狩人と弓の精霊の契約
第18話 鮭を呼ぶ歌の誕生
第19話 村を救った薬草の物語
第20話 海を渡る影の船
第21話 風の穴に落ちた少年
第22話 火の鳥が落とした赤い羽
第23話 熊送りの儀式が生まれた日
第24話 星を喰べた山の巨人
第25話 霧の森で笑う子どもたち
第26話 夜明けを運ぶ白い狼
第27話 影を縫う蜘蛛の巣
第28話 風の骨を拾う少年
第29話 月影を抱く黒鹿の旅
第30話 海底に沈んだ風の鈴

Ⅲ 戦いと民族の記憶の章(31〜50話)

第31話 森を歩く影の鹿角
第32話 雪を食べる白い影
第33話 風を忘れた山の梟
第34話 影を渡る黒い舟
第35話 星明かりを飲む黒い鳥
第36話 夜の川を渡る赤い魚
第37話 影を食べる黒い霧
第38話 風の底で眠る青い石
第39話 最後の戦いと雪嵐の夜
第40話 霧の海で歌う青い鯨
第41話 影の森で眠る黒い花
第42話 星の底で笑う赤い面
第43話 風の声を盗む黒い羽
第44話 雪の底で笑う白い面
第45話 夜明けを盗む黒い狼
第46話 影の海で眠る青い面
第47話 風の森で泣く白い鳥
第48話 月の森で歌う黒い鹿
第49話 影の谷で眠る赤い狐
第50話 風の底で歌う白い面

Ⅳ 星・海・影・雪・風 「鳥・鯨・狐・面・鹿」(51〜60話)

第51話 星の森で眠る青い鳥
第52話 海の底で笑う黒い鯨
第53話 影の森で歌う白い狐
第54話 雪の森で眠る黒い面
第55話 風の影で笑う青い狐
第56話 月の底で眠る白い鳥
第57話 影の底で笑う黒い鳥
第58話 風の森で眠る赤い鳥
第59話 星の底で笑う白い狐
第60話 雪の底で歌う黒い鹿
第4話 火のカムイと雪のカムイの争い

 世界がまだ若く、風のカムイが歌い、大地のクマのカムイが眠りを守り、川の女神トゥラノが涙で森を癒したころ。  その世界には、もうひとつの大きな力があった。

 火のカムイ、アペフチ。  そして、  雪のカムイ、シリ・フチ

 アペフチは炎のように激しく、情熱に満ちた女神だった。  彼女の髪は赤く揺れ、瞳は燃えるように輝き、歩けば大地に温もりが生まれた。  彼女は人々に火を与え、食べ物を温め、闇を照らす役目を持っていた。

 一方、シリ・フチは静かで冷たく、凛とした女神だった。 彼女の髪は雪のように白く、声は氷のように澄み、触れれば世界を凍らせた。 彼女は冬を司り、森を眠らせ、世界に静寂をもたらす役目を持っていた。

本来、この二柱は互いを尊重し、季節を交代で守ることで世界の均衡を保っていた。  しかし、ある年、二人の間に小さな亀裂が生まれた。

■ 争いの始まり

 その年の冬は、例年よりも長かった。  シリ・フチが雪を降らせすぎたのだ。

 森の動物たちは食べ物を見つけられず、川の女神トゥラノの流れも凍りつき、風のカムイ・レラは歌うことすら難しくなっていた。

 アペフチは怒り、シリ・フチのもとへ向かった。

 「シリ・フチよ、あなたの雪は降りすぎています。   森が凍え、動物たちが苦しんでいます。   もう冬を終わらせる時です」

 シリ・フチは静かに答えた。

 「アペフチ、あなたはいつも急ぎすぎる。   冬はまだ終わっていません。   大地はまだ眠りを必要としているのです」

 アペフチは炎を揺らし、声を荒げた。

 「眠りが長すぎれば、命は目覚められなくなる。   あなたの雪は世界を閉ざしている!」

 シリ・フチの瞳が冷たく光った。

 「あなたの火こそ、世界を焦がす危険を持っている。   わたしはただ、世界を守っているだけです」

 その瞬間、二柱の間に冷たい風が吹き抜け、炎が揺れ、雪が舞った。

 争いが始まった。

■ 火と雪の戦い

 アペフチは炎を放ち、シリ・フチは雪を降らせた。  炎は雪を溶かし、雪は炎を凍らせた。

 森は熱と冷気に引き裂かれ、木々は悲鳴を上げた。  川は蒸気を上げ、山は震え、風のカムイ・レラは歌を失った。

 「やめてください!」  川の女神トゥラノが叫んだ。

 「あなたたちの争いは、世界を壊してしまいます!」

 しかし、二柱は止まらなかった。  アペフチは炎を高く掲げ、シリ・フチは吹雪を巻き起こした。

 そのとき、森の奥から重い足音が響いた。

 キムン・カムイ――大地のクマの神が姿を現したのだ。

 「やめよ、二柱の女神よ」

 その声は大地を揺らし、炎も雪も一瞬止まった。

 「世界はおまえたちの力を必要としている。   だが、争いは必要としていない」

 アペフチは悔しげに言った。

 「わたしはただ、世界を温めたいだけです。   シリ・フチが冬を終わらせないから……」

 シリ・フチも静かに言った。

 「わたしはただ、世界を守りたいだけです。  アペフチの火が強すぎるから……」

 キムン・カムイは深く息を吐いた。

 「おまえたちは互いを恐れているのだ。   火は雪を溶かし、雪は火を消す。   だが、それは互いが力を持つ証でもある」

 アペフチとシリ・フチは黙った。

■ 和解のための試練

 キムン・カムイは二柱に提案した。

 「互いの力を知るために、試練を行うがよい。   アペフチは雪の中を歩き、   シリ・フチは炎の中を歩くのだ」

 二柱は驚いた。

 「そんなことをすれば、わたしは消えてしまう」  「わたしは溶けてしまう」

 キムン・カムイは首を振った。

 「互いを理解しなければ、争いは終わらぬ。   世界はおまえたちの調和を必要としている」

 アペフチは炎を弱め、雪の中へ足を踏み入れた。  冷気が彼女の体を刺し、炎が小さくなっていく。

 しかし、彼女は気づいた。

――雪は、世界を守るために降っているのだ。

 一方、シリ・フチは炎の中へ足を踏み入れた。  熱が彼女の体を包み、雪が溶けていく。

しかし、彼女も気づいた。

――火は、命を温めるために燃えているのだ。

二柱は互いの力の意味を理解した。

■ 争いの終わり

 アペフチとシリ・フチは向かい合い、深く頭を下げた。

 「あなたの雪は、世界を守っていたのですね」  「あなたの火は、世界を生かしていたのですね」

 二柱は手を取り合い、力を合わせた。

 アペフチは炎を弱め、シリ・フチは雪を止めた。  すると、空から柔らかな光が降り注ぎ、世界に春が訪れた。

 森は芽吹き、川は流れ、風のカムイ・レラは再び歌い始めた。

 キムン・カムイは満足げに頷いた。

 「これでよい。   火と雪が調和すれば、世界は美しくなる」

 その日から、アペフチとシリ・フチは争うことなく、季節を交代で守るようになった。  冬が終われば火が灯り、火が弱まれば雪が降る。  それが世界のリズムとなった。

 そして今も、春の訪れは、  火のカムイと雪のカムイが和解した証  だと言い伝えられている。