「アイヌ神話・民話体系」全60話 第39話 月の影を追う白い狐https://ganta.sa-suke.com/1039.html

Ⅰ 自然とカムイの章(1〜15話)

第1話 風のカムイが最初に歌った日
第2話 大地を抱くクマのカムイ
第3話 川の女神トゥラノの涙
第4話 
火のカムイと雪のカムイの争い
第5話 海霧を運ぶシャチの精霊
第6話 森の影を食べるフクロウの伝承
第7話 山の心臓が鳴る夜
第8話 雷のカムイが子を授ける話
第9話 霧の中で迷う鹿の魂
第10話 星を拾った少年
第11話 氷の裂け目に住む古い神
第12話 風を縫う少女と草原の歌
第13話 湖の底の鏡の国
第14話 木の根が語る千年前の記憶
第15話 太陽を背負ったカラスの旅

Ⅱ 生活と知恵の章(16〜30話)

第16話 最初のアットゥシ織り
第17話 狩人と弓の精霊の契約
第18話 鮭を呼ぶ歌の誕生
第19話 村を救った薬草の物語
第20話 海を渡る影の船
第21話 風の穴に落ちた少年
第22話 火の鳥が落とした赤い羽
第23話 熊送りの儀式が生まれた日
第24話 星を喰べた山の巨人
第25話 霧の森で笑う子どもたち
第26話 夜明けを運ぶ白い狼
第27話 影を縫う蜘蛛の巣
第28話 風の骨を拾う少年
第29話 月影を抱く黒鹿の旅
第30話 海底に沈んだ風の鈴

Ⅲ 戦いと民族の記憶の章(31〜50話)

第31話 森を歩く影の鹿角
第32話 雪を食べる白い影
第33話 風を忘れた山の梟
第34話 影を渡る黒い舟
第35話 星明かりを飲む黒い鳥
第36話 夜の川を渡る赤い魚
第37話 影を食べる黒い霧
第38話 風の底で眠る青い石
第39話 最後の戦いと雪嵐の夜
第40話 霧の海で歌う青い鯨
第41話 影の森で眠る黒い花
第42話 星の底で笑う赤い面
第43話 風の声を盗む黒い羽
第44話 雪の底で笑う白い面
第45話 夜明けを盗む黒い狼
第46話 影の海で眠る青い面
第47話 風の森で泣く白い鳥
第48話 月の森で歌う黒い鹿
第49話 影の谷で眠る赤い狐
第50話 風の底で歌う白い面

Ⅳ 星・海・影・雪・風 「鳥・鯨・狐・面・鹿」(51〜60話)

第51話 星の森で眠る青い鳥
第52話 海の底で笑う黒い鯨
第53話 影の森で歌う白い狐
第54話 雪の森で眠る黒い面
第55話 風の影で笑う青い狐
第56話 月の底で眠る白い鳥
第57話 影の底で笑う黒い鳥
第58話 風の森で眠る赤い鳥
第59話 星の底で笑う白い狐
第60話 雪の底で歌う黒い鹿

第39話 月の影を追う白い狐

世界がまだ若く、風のカムイが歌い、大地のクマのカムイが眠りを守り、火の鳥が赤い羽を広げ、白い狼が夜明けを運び、黒鹿が月影を抱いて旅をし、風の底の青い石が風の心を解き放ったころ。  その夜、月はひときわ美しく輝いていた。

しかし、月の光には奇妙な揺らぎがあった。

月の影が、月から離れていた。

月の光は澄んでいるのに、  本来なら月の後ろに寄り添うはずの影が、  夜空のどこにも見当たらなかった。

星の子たちはざわめいた。

「月の影が消えた」  「影がなければ、月は形を保てない」  「月が揺れている……」

そのとき、森の奥から白い影が走り出た。

白い狐――シロ・レクン。

影を読む狐レクン・カムイの遠い親族で、  光と影の境界を渡ることができる狐だった。

白い狐は月を見上げ、  静かに言った。

「……月の影が逃げた。   影は、月の心の揺れを映す。   月が迷えば、影も迷う……」

■ 月の影を追う少女

村には、月の影を読むことができる少女がいた。

名を ツキカゲ・メノコ。  月の光の揺れ、  月の影の震え、  月の涙を感じ取ることができた。

その夜、少女は空を見上げて震えた。

「月の影が……泣いてる……   どこかで迷ってる……」

白い狐が少女の前に現れた。

「ツキカゲ・メノコよ、   おまえは月の影の声を聞ける。   月の影を追う旅に、   わたしと来てほしい」

少女は迷わず頷いた。

「月の影を取り戻す。   月が泣いているのは、耐えられない」

■ 影の道を辿る

白い狐は影の道を開いた。

影の道は黒く、  しかし光を帯び、  月の影が通った跡を示していた。

少女は狐の後を追い、  森を抜け、  川を渡り、  山を越えた。

やがて、夜空の光が届かない  影の谷 にたどり着いた。

そこは、  影が濃く、  風が止まり、  月の光さえ揺らぐ場所だった。

白い狐は言った。

「月の影は、この谷に落ちた。   影は心の揺れを映す。   月の心が迷えば、影は逃げる」

少女は胸に手を当てた。

「月は……何を迷っているの……?」

■ 迷った月の影

影の谷の中心に、  白い霧のような影が震えていた。

それは――  月の影そのもの だった。

影は少女に気づくと、  弱々しい声を上げた。

「……わたしは……月の影……   月が……迷っている……   だから……わたしは……   月から離れた……」

少女は影に近づいた。

「月は何を迷っているの?」

影は震えた。

「……月は……   光を与えるばかりで……   誰からも光をもらえない……   孤独だと……思っている……   だから……影のわたしも……   孤独になった……」

少女は胸が痛くなった。

「月は孤独なんかじゃないよ。   星も、夜も、風も、   みんな月を見てる。   月は夜の友だよ」

影は揺れた。

「……本当に……?」

■ 影の試練

そのとき、影の谷が揺れた。

黒い霧が渦を巻き、  少女と狐を包み込んだ。

「……影は孤独……   影は光に捨てられた……   影は……帰れない……」

少女は影に飲まれそうになった。

――月は孤独なのか。  ――影は捨てられたのか。  ――わたしは影を救えるのか。

白い狐が叫んだ。

「心を強く持て!   影は心の揺れを喰う!   迷えば影に飲まれる!」

少女は深く息を吸い、  影に向かって叫んだ。

「月は孤独じゃない!   影も孤独じゃない!   光と影は、いっしょにあるもの!   影は光の友だよ!」

その瞬間、  黒い霧が裂け、  影の谷に光が差し込んだ。

■ 月の影の帰還

月の影は少女の言葉を聞き、  ゆっくりと立ち上がった。

「……わたしは……   月の友……   光の友……   帰らなければ……」

影は白い狐の背に乗り、  少女とともに夜空へ向かった。

月の下にたどり着くと、  影は月の裏側へ溶け込んだ。

月は大きく輝き、  光は澄み、  夜空は静かに息をした。

月の子の声が響いた。

「……ありがとう……   月の影が……帰ってきた……」

■ その後の世界

白い狐は少女に言った。

「おまえの心が、月の影を救った。   影は孤独ではない。   光も孤独ではない。   心があれば、影は帰る」

少女は夜空を見上げた。

月は美しく輝き、  その裏側には、  しっかりと影が寄り添っていた。

そして、人々はこう言うようになった。

「月がひときわ美しく輝く夜は、  月の影を追った白い狐が、  影を月へ返した証だ」

白い狐は今日も夜の森を駆け、  迷った影をそっと導いている。