| Tweet 「アイヌ神話・民話体系」全60話 第39話 月の影を追う白い狐https://ganta.sa-suke.com/1039.html | |
Ⅰ 自然とカムイの章(1〜15話) 第1話 風のカムイが最初に歌った日 第2話 大地を抱くクマのカムイ 第3話 川の女神トゥラノの涙 第4話 火のカムイと雪のカムイの争い 第5話 海霧を運ぶシャチの精霊 第6話 森の影を食べるフクロウの伝承 第7話 山の心臓が鳴る夜 第8話 雷のカムイが子を授ける話 第9話 霧の中で迷う鹿の魂 第10話 星を拾った少年 第11話 氷の裂け目に住む古い神 第12話 風を縫う少女と草原の歌 第13話 湖の底の鏡の国 第14話 木の根が語る千年前の記憶 第15話 太陽を背負ったカラスの旅 Ⅱ 生活と知恵の章(16〜30話)第16話 最初のアットゥシ織り Ⅲ 戦いと民族の記憶の章(31〜50話)第31話 森を歩く影の鹿角
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第39話 月の影を追う白い狐 世界がまだ若く、風のカムイが歌い、大地のクマのカムイが眠りを守り、火の鳥が赤い羽を広げ、白い狼が夜明けを運び、黒鹿が月影を抱いて旅をし、風の底の青い石が風の心を解き放ったころ。 その夜、月はひときわ美しく輝いていた。 しかし、月の光には奇妙な揺らぎがあった。 月の影が、月から離れていた。 月の光は澄んでいるのに、 本来なら月の後ろに寄り添うはずの影が、 夜空のどこにも見当たらなかった。 星の子たちはざわめいた。 「月の影が消えた」 「影がなければ、月は形を保てない」 「月が揺れている……」 そのとき、森の奥から白い影が走り出た。 白い狐――シロ・レクン。 影を読む狐レクン・カムイの遠い親族で、 光と影の境界を渡ることができる狐だった。 白い狐は月を見上げ、 静かに言った。 「……月の影が逃げた。 影は、月の心の揺れを映す。 月が迷えば、影も迷う……」 ■ 月の影を追う少女村には、月の影を読むことができる少女がいた。 名を ツキカゲ・メノコ。 月の光の揺れ、 月の影の震え、 月の涙を感じ取ることができた。 その夜、少女は空を見上げて震えた。 「月の影が……泣いてる…… どこかで迷ってる……」 白い狐が少女の前に現れた。 「ツキカゲ・メノコよ、 おまえは月の影の声を聞ける。 月の影を追う旅に、 わたしと来てほしい」 少女は迷わず頷いた。 「月の影を取り戻す。 月が泣いているのは、耐えられない」 ■ 影の道を辿る白い狐は影の道を開いた。 影の道は黒く、 しかし光を帯び、 月の影が通った跡を示していた。 少女は狐の後を追い、 森を抜け、 川を渡り、 山を越えた。 やがて、夜空の光が届かない 影の谷 にたどり着いた。 そこは、 影が濃く、 風が止まり、 月の光さえ揺らぐ場所だった。 白い狐は言った。 「月の影は、この谷に落ちた。 影は心の揺れを映す。 月の心が迷えば、影は逃げる」 少女は胸に手を当てた。 「月は……何を迷っているの……?」 ■ 迷った月の影影の谷の中心に、 白い霧のような影が震えていた。 それは―― 月の影そのもの だった。 影は少女に気づくと、 弱々しい声を上げた。 「……わたしは……月の影…… 月が……迷っている…… だから……わたしは…… 月から離れた……」 少女は影に近づいた。 「月は何を迷っているの?」 影は震えた。 「……月は…… 光を与えるばかりで…… 誰からも光をもらえない…… 孤独だと……思っている…… だから……影のわたしも…… 孤独になった……」 少女は胸が痛くなった。 「月は孤独なんかじゃないよ。 星も、夜も、風も、 みんな月を見てる。 月は夜の友だよ」 影は揺れた。 「……本当に……?」 ■ 影の試練そのとき、影の谷が揺れた。 黒い霧が渦を巻き、 少女と狐を包み込んだ。 「……影は孤独…… 影は光に捨てられた…… 影は……帰れない……」 少女は影に飲まれそうになった。 ――月は孤独なのか。 ――影は捨てられたのか。 ――わたしは影を救えるのか。 白い狐が叫んだ。 「心を強く持て! 影は心の揺れを喰う! 迷えば影に飲まれる!」 少女は深く息を吸い、 影に向かって叫んだ。 「月は孤独じゃない! 影も孤独じゃない! 光と影は、いっしょにあるもの! 影は光の友だよ!」 その瞬間、 黒い霧が裂け、 影の谷に光が差し込んだ。 ■ 月の影の帰還月の影は少女の言葉を聞き、 ゆっくりと立ち上がった。 「……わたしは…… 月の友…… 光の友…… 帰らなければ……」 影は白い狐の背に乗り、 少女とともに夜空へ向かった。 月の下にたどり着くと、 影は月の裏側へ溶け込んだ。 月は大きく輝き、 光は澄み、 夜空は静かに息をした。 月の子の声が響いた。 「……ありがとう…… 月の影が……帰ってきた……」 ■ その後の世界白い狐は少女に言った。 「おまえの心が、月の影を救った。 影は孤独ではない。 光も孤独ではない。 心があれば、影は帰る」 少女は夜空を見上げた。 月は美しく輝き、 その裏側には、 しっかりと影が寄り添っていた。 そして、人々はこう言うようになった。 「月がひときわ美しく輝く夜は、 月の影を追った白い狐が、 影を月へ返した証だ」 白い狐は今日も夜の森を駆け、 迷った影をそっと導いている。 |