「アイヌ神話・民話体系」全60話 第46話 影の海で眠る青い面https://ganta.sa-suke.com/1046.html

Ⅰ 自然とカムイの章(1〜15話)

第1話 風のカムイが最初に歌った日
第2話 大地を抱くクマのカムイ
第3話 川の女神トゥラノの涙
第4話 
火のカムイと雪のカムイの争い
第5話 海霧を運ぶシャチの精霊
第6話 森の影を食べるフクロウの伝承
第7話 山の心臓が鳴る夜
第8話 雷のカムイが子を授ける話
第9話 霧の中で迷う鹿の魂
第10話 星を拾った少年
第11話 氷の裂け目に住む古い神
第12話 風を縫う少女と草原の歌
第13話 湖の底の鏡の国
第14話 木の根が語る千年前の記憶
第15話 太陽を背負ったカラスの旅

Ⅱ 生活と知恵の章(16〜30話)

第16話 最初のアットゥシ織り
第17話 狩人と弓の精霊の契約
第18話 鮭を呼ぶ歌の誕生
第19話 村を救った薬草の物語
第20話 海を渡る影の船
第21話 風の穴に落ちた少年
第22話 火の鳥が落とした赤い羽
第23話 熊送りの儀式が生まれた日
第24話 星を喰べた山の巨人
第25話 霧の森で笑う子どもたち
第26話 夜明けを運ぶ白い狼
第27話 影を縫う蜘蛛の巣
第28話 風の骨を拾う少年
第29話 月影を抱く黒鹿の旅
第30話 海底に沈んだ風の鈴

Ⅲ 戦いと民族の記憶の章(31〜50話)

第31話 森を歩く影の鹿角
第32話 雪を食べる白い影
第33話 風を忘れた山の梟
第34話 影を渡る黒い舟
第35話 星明かりを飲む黒い鳥
第36話 夜の川を渡る赤い魚
第37話 影を食べる黒い霧
第38話 風の底で眠る青い石
第39話 最後の戦いと雪嵐の夜
第40話 霧の海で歌う青い鯨
第41話 影の森で眠る黒い花
第42話 星の底で笑う赤い面
第43話 風の声を盗む黒い羽
第44話 雪の底で笑う白い面
第45話 夜明けを盗む黒い狼
第46話 影の海で眠る青い面
第47話 風の森で泣く白い鳥
第48話 月の森で歌う黒い鹿
第49話 影の谷で眠る赤い狐
第50話 風の底で歌う白い面

Ⅳ 星・海・影・雪・風 「鳥・鯨・狐・面・鹿」(51〜60話)

第51話 星の森で眠る青い鳥
第52話 海の底で笑う黒い鯨
第53話 影の森で歌う白い狐
第54話 雪の森で眠る黒い面
第55話 風の影で笑う青い狐
第56話 月の底で眠る白い鳥
第57話 影の底で笑う黒い鳥
第58話 風の森で眠る赤い鳥
第59話 星の底で笑う白い狐
第60話 雪の底で歌う黒い鹿

第46話 影の海で眠る青い面

世界がまだ若く、風のカムイが歌い、大地のクマのカムイが眠りを守り、火の鳥が赤い羽を広げ、白い狼が夜明けを運び、黒鹿が月影を抱いて旅をし、雪の底で笑う白い面が光に溶け、夜明けを盗んだ黒い狼が恐れを手放したころ。  その海の底で、誰も知らぬ異変が起きていた。

影の海が、青く光っていた。

夜の海でもないのに、  海底から青い光が揺れ、  波は影のように重く沈んでいた。

漁師たちは囁いた。

「海の底に“青い面”が眠っている」  「青い光が影を呼んでいる」  「影の海が目を覚ます前触れだ」

その噂は、  海のシャチの精霊 レタラ・レプン の耳にも届いた。

レタラ・レプンは海を潜り、  海底の揺れを読み取った。

「……影の海が泣いている。   青い面が目覚めようとしている」

■ 影の海を読む少年

海辺の村に、  影の揺れを読むことができる少年がいた。

名を カゲト・シモ。  影の重さ、影の歌、影の涙を感じ取ることができた。

ある夜、少年は海辺で奇妙な光を見た。

海面が青く揺れ、  影のような波が寄せていた。

少年は海に手を当てた。

「……海が怖がってる……   影の底で、何かが泣いてる……」

そのとき、レタラ・レプンが現れた。

「カゲト・シモよ、   影の海に“青い面”が眠っている。   おまえの力が必要だ」

少年は頷いた。

「影の海を救う。   青い光が泣いているのは、放っておけない」

■ 影の海へ潜る

レタラ・レプンは少年を背に乗せ、  影の海へ潜った。

海は暗く、  光は揺れ、  影が水のように漂っていた。

やがて、海底に青い光が見えた。

そこには――  青い面 が眠っていた。

面は青く、  光を吸い込み、  影を吐き出していた。

面の周りには、  影の魚たちが眠り、  海の底は静かに揺れていた。

少年は息を呑んだ。

「……青い面……   影の海を凍らせてる……」

■ 青い面の声

青い面が揺れ、  低い声が響いた。

「……わたしは……海の影……   海は深い……   海は暗い……   海は……孤独……   その孤独が……わたしを生んだ……」

少年は震えた。

「海が……孤独を感じているの……?」

青い面は続けた。

「……海は……すべてを受け止める……   涙も……悲しみも……   影も……迷いも……   だが……誰も……海を見ない……   海は……孤独だ……   だから……わたしは生まれた……   海を守るために……   影で覆うために……」

少年は首を振った。

「それは守ってるんじゃない!   海を閉じ込めてるだけだ!」

■ 影の試練

青い面は少年に近づいた。

「……おまえも……孤独を知っている……   影を読む者は……影に寄り添う……   影は……孤独を映す……   おまえの孤独を……わたしに寄こせ……   わたしは……孤独を喰う……」

少年は後ずさった。

――ぼくは孤独なのか。  ――影に飲まれるのか。 ――青い面に勝てるのか。

レタラ・レプンが叫んだ。

「心を強く持て!   孤独は影だ!   影は心の揺れを映すだけだ!」

少年は深く息を吸い、  青い面に向かって叫んだ。

「海は孤独じゃない!   海は世界を抱いてる!   海は涙を受け止めて、   悲しみを洗って、   世界を支えてる!   海は孤独なんかじゃない!」

青い面は揺れた。

「……海は……孤独ではない……?」

■ 青い面の浄化

少年の言葉が海底に響き、  青い面は光を帯び始めた。

「……あたたかい……   これは……海の心……?」

レタラ・レプンが言った。

「海は孤独を恐れぬ。   海は世界を抱く。   おまえは海の孤独。   孤独を手放せば、海は自由になる」

青い面はゆっくりと光に包まれ、  形を失い、  海の光へと溶けていった。

影の海は澄み、  青い光は優しく揺れた。

■ 影の海の復活

少年が海面へ戻ると、  海は青く輝き、  波は軽く、  影は穏やかに揺れていた。

レタラ・レプンは言った。

「おまえの心が、海の孤独を照らした。   海は孤独ではない。   世界とともにある」

少年は海に向かって言った。

「これからも、ぼくに海の歌を聞かせてね」

海は優しく波を寄せ、  少年の足元を濡らした。

■ その後の世界

それ以来、  海がひときわ青く光る夜には、  人々はこう言うようになった。

「あれは、影の海で眠っていた青い面が  光に溶けた証だ」

海は今日も静かに揺れ、  世界の涙と影を抱きしめている。