| Tweet 「アイヌ神話・民話体系」全60話 第41話 影の森で眠る黒い花 https://ganta.sa-suke.com/1041.html | |
Ⅰ 自然とカムイの章(1〜15話) 第1話 風のカムイが最初に歌った日 第2話 大地を抱くクマのカムイ 第3話 川の女神トゥラノの涙 第4話 火のカムイと雪のカムイの争い 第5話 海霧を運ぶシャチの精霊 第6話 森の影を食べるフクロウの伝承 第7話 山の心臓が鳴る夜 第8話 雷のカムイが子を授ける話 第9話 霧の中で迷う鹿の魂 第10話 星を拾った少年 第11話 氷の裂け目に住む古い神 第12話 風を縫う少女と草原の歌 第13話 湖の底の鏡の国 第14話 木の根が語る千年前の記憶 第15話 太陽を背負ったカラスの旅 Ⅱ 生活と知恵の章(16〜30話)第16話 最初のアットゥシ織り Ⅲ 戦いと民族の記憶の章(31〜50話)第31話 森を歩く影の鹿角
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第41話 影の森で眠る黒い花 世界がまだ若く、風のカムイが歌い、大地のクマのカムイが眠りを守り、火の鳥が赤い羽を広げ、白い狼が夜明けを運び、黒鹿が月影を抱いて旅をし、青い鯨が霧の海で海の記憶を洗っていたころ。 その森の北端に、誰も近づかない場所があった。 影の森――カゲ・ニタ。 そこは昼でも薄暗く、 木々は影をまとい、 風は影のように冷たかった。 そして、森の奥には 黒い花が眠っている と言われていた。 黒い花は、 影の涙から生まれた花。 心が揺れた者の影を吸い、 影を眠らせる力を持つという。 村人たちは恐れた。 「黒い花に影を奪われれば、魂が弱る」 「影が眠れば、心も眠る」 「影の森には近づくな」 しかし、影を読む狐 レクン・カムイ は その噂を聞いて眉をひそめた。 「黒い花が目覚めたのか…… 影の森が泣いている」 ■ 影を失いかけた少女村には、影が薄くなった少女がいた。 名を カゲハ・メノコ。 影の揺れを読むことができたが、 最近は自分の影が弱っているのを感じていた。 ある朝、少女は気づいた。 影が、ほとんど地面に落ちていない。 「……どうして…… わたしの影が……眠ってる……?」 そのとき、レクン・カムイが現れた。 「カゲハ・メノコよ、 おまえの影は“黒い花”に呼ばれている。 影が弱れば、花に吸われる」 少女は震えた。 「どうすれば……影を取り戻せるの?」 レクン・カムイは影を揺らした。 「影の森へ行き、 黒い花を目覚めさせねばならぬ。 花は影を眠らせるが、 影の心を映す鏡でもある」 少女は決意した。 「わたし、影を取り戻す。 黒い花に会いに行く!」 ■ 影の森へ影の森は静かで、 木々は黒い影を垂らし、 風は影のように冷たかった。 少女の影はさらに薄くなり、 足元で揺らいでいた。 レクン・カムイは言った。 「影の森では、心が揺れれば影が消える。 心を強く持て」 少女は頷き、 森の奥へ進んだ。 やがて、森の中心に 黒い花が咲いていた。 花は黒く、 光を吸い込み、 影のように揺れていた。 その周りには、 眠った影たちが横たわっていた。 少女は息を呑んだ。 「……影が……眠ってる……」 ■ 黒い花の声黒い花が揺れ、 低い声が響いた。 「……来たのか…… 影の薄い娘よ…… おまえの影は……疲れている…… 眠りたがっている…… わたしが……眠らせてやろう……」 少女は首を振った。 「影は眠りたがってなんかいない! わたしの影は…… わたしと一緒に生きたいんだ!」 黒い花は揺れた。 「……影は……心の形…… おまえの心が疲れれば…… 影も疲れる…… 影は……休みたい……」 少女は胸に手を当てた。 「わたし……最近、 自分の影を見るのが怖かった…… 影がわたしを責めている気がして…… だから、影を見ないようにしてた……」 黒い花は静かに言った。 「……影は……責めていない…… 影は……おまえの心…… 心を拒めば……影も眠る……」 ■ 影の試練黒い花が花弁を開くと、 少女の影が引き寄せられた。 影は揺れ、 花の中へ吸い込まれそうになった。 レクン・カムイが叫んだ。 「心を強く持て! 影はおまえの一部だ! 影を拒めば、影は眠る!」 少女は影に向かって叫んだ。 「影! わたしはあなたを嫌ってなんかいない! 怖かっただけ! でも、もう逃げない! 影はわたしの友だよ!」 その瞬間、 影が光を帯び、 黒い花の力を押し返した。 花は震えた。 「……あたたかい…… これは……影の心……?」 ■ 黒い花の目覚め少女が影を抱きしめるように手を伸ばすと、 黒い花はゆっくりと光を帯びた。 黒い花は言った。 「……わたしは……影の涙…… 心が影を拒むとき…… 影を眠らせるために生まれた…… だが…… おまえの心が影を受け入れた…… 影は……眠らなくてよい……」 花は白い光に包まれ、 黒い花弁がほどけ、 影の涙は風に溶けて消えた。 少女の影は濃くなり、 しっかりと地面に落ちた。 ■ 影の森の復活黒い花が消えると、 影の森は静かに光を取り戻した。 木々の影は柔らかくなり、 風は優しく吹き、 眠っていた影たちも目を覚ました。 レクン・カムイは言った。 「おまえの心が影を救い、 影が花を癒した。 影は心の形。 心を大切にすれば、影も強くなる」 少女は微笑んだ。 「影は……わたしの友だ」 ■ その後の世界村に戻ると、 少女の影は濃く、 しっかりと地面に寄り添っていた。 村人たちは言った。 「影の森の黒い花は、 影の涙だったのだ」 「影が揺れる夜は、 心が揺れている証だ」 「影を大切にすれば、 黒い花は咲かない」 そして、影の森が静かに揺れる夜には、 人々はこう言うようになった。 「あれは、影の森で眠っていた黒い花が 涙となって消えた名残だ」 影は今日も静かに揺れ、 心とともに世界を歩いている。 |