「アイヌ神話・民話体系」全60話 第58話 風の森で眠る赤い鳥https://ganta.sa-suke.com/1058.html

Ⅰ 自然とカムイの章(1〜15話)

第1話 風のカムイが最初に歌った日
第2話 大地を抱くクマのカムイ
第3話 川の女神トゥラノの涙
第4話 
火のカムイと雪のカムイの争い
第5話 海霧を運ぶシャチの精霊
第6話 森の影を食べるフクロウの伝承
第7話 山の心臓が鳴る夜
第8話 雷のカムイが子を授ける話
第9話 霧の中で迷う鹿の魂
第10話 星を拾った少年
第11話 氷の裂け目に住む古い神
第12話 風を縫う少女と草原の歌
第13話 湖の底の鏡の国
第14話 木の根が語る千年前の記憶
第15話 太陽を背負ったカラスの旅

Ⅱ 生活と知恵の章(16〜30話)

第16話 最初のアットゥシ織り
第17話 狩人と弓の精霊の契約
第18話 鮭を呼ぶ歌の誕生
第19話 村を救った薬草の物語
第20話 海を渡る影の船
第21話 風の穴に落ちた少年
第22話 火の鳥が落とした赤い羽
第23話 熊送りの儀式が生まれた日
第24話 星を喰べた山の巨人
第25話 霧の森で笑う子どもたち
第26話 夜明けを運ぶ白い狼
第27話 影を縫う蜘蛛の巣
第28話 風の骨を拾う少年
第29話 月影を抱く黒鹿の旅
第30話 海底に沈んだ風の鈴

Ⅲ 戦いと民族の記憶の章(31〜50話)

第31話 森を歩く影の鹿角
第32話 雪を食べる白い影
第33話 風を忘れた山の梟
第34話 影を渡る黒い舟
第35話 星明かりを飲む黒い鳥
第36話 夜の川を渡る赤い魚
第37話 影を食べる黒い霧
第38話 風の底で眠る青い石
第39話 最後の戦いと雪嵐の夜
第40話 霧の海で歌う青い鯨
第41話 影の森で眠る黒い花
第42話 星の底で笑う赤い面
第43話 風の声を盗む黒い羽
第44話 雪の底で笑う白い面
第45話 夜明けを盗む黒い狼
第46話 影の海で眠る青い面
第47話 風の森で泣く白い鳥
第48話 月の森で歌う黒い鹿
第49話 影の谷で眠る赤い狐
第50話 風の底で歌う白い面

Ⅳ 星・海・影・雪・風 「鳥・鯨・狐・面・鹿」(51〜60話)

第51話 星の森で眠る青い鳥
第52話 海の底で笑う黒い鯨
第53話 影の森で歌う白い狐
第54話 雪の森で眠る黒い面
第55話 風の影で笑う青い狐
第56話 月の底で眠る白い鳥
第57話 影の底で笑う黒い鳥
第58話 風の森で眠る赤い鳥
第59話 星の底で笑う白い狐
第60話 雪の底で歌う黒い鹿

第58話 風の森で眠る赤い鳥

世界がまだ若く、風のカムイが歌い、大地のクマのカムイが眠りを守り、火の鳥が赤い羽を広げ、白い狼が夜明けを運び、影の底で笑う黒い鳥が壊れた心を光に返したころ。  その草原に、奇妙な風が吹き始めた。

風が熱を帯びていた。

春でもないのに、  夏でもないのに、  風が赤く揺れ、  草原を焦がすような気配を放っていた。

動物たちは怯えた。

「風の森に“赤い鳥”が落ちた」  「鳥が眠ると、風が熱を持つ」  「風の心が燃えている」

その噂は、  風の揺れを読む少年 カゼト・シモ の耳にも届いた。

少年は風に触れ、  胸がざわついた。

「……風が泣いてる……   でも、怒ってる……   風の森で、赤い鳥が眠ってる……」

■ 風の森へ向かう

風の森は、  風の記憶が集まる場所。

木々は風の歌をまとい、  葉は風の影を揺らし、  森全体が風の心臓のようだった。

だがその日、森は熱を帯びていた。

風は荒れ、  木々は震え、  葉は赤い光を反射していた。

少年は風の揺れを辿り、  森の奥へ進んだ。

やがて、赤い光が見えた。

そこに――  赤い鳥 が倒れていた。

鳥は火のように赤く、  羽は熱を帯び、  胸は弱く上下していた。

■ 赤い鳥の声

少年がそっと鳥に触れると、  鳥はかすかに目を開けた。

「……わたしは……風の鳥……   風の心を運ぶ……   だが……心が熱く……   燃えすぎて……   飛べなくなった……   だから……森に落ちた……」

少年は息を呑んだ。

「風の心が……燃えてるの……?」

赤い鳥は弱く頷いた。

「……風は……世界を巡る……   涙を乾かし……   迷いを運び……   怒りを散らし……   孤独を撫でる……   だが……そのすべてが積もれば……   風は熱を帯びる……   心が燃え……   わたしは……落ちた……」

少年は胸が痛くなった。

「風は……そんなに苦しんでいたんだ……」

■ 風の心の炎

そのとき、森が揺れた。

風が渦を巻き、  赤い光が森を包み込んだ。

「……風は……怒っている……   誰にも見られず……   誰にも触れられず……   ただ運ぶだけの存在……   だから……燃える……   燃えれば……痛みを忘れられる……」

少年は風に押し倒されそうになりながら叫んだ。

「風は怒ってなんかいない!   風は世界を包んでるんだ!   風があるから、ぼくらは生きてるんだよ!」

赤い鳥は震えた。

「……生きている……?   わたしは……誰かを……生かしている……?」

■ 風の試練

赤い鳥は少年に近づいた。

「……おまえも……怒っている……   心の奥で……   誰にも言えぬ怒りを……   その怒りを……わたしに寄こせ……   わたしは……怒りを喰う……」

少年は震えた。

――ぼくは怒っているのか。  ――風の心を癒せるのか。 ――赤い鳥に飲まれずにいられるのか。

そのとき、  風の底で歌った白い面の声が  少年の心に響いた。

「迷いは風を深くする。  怒りは風を強くする。」

少年は深く息を吸い、  赤い鳥に向かって叫んだ。

「怒ってもいい!   でも、怒りに飲まれちゃだめだ!   怒りは風の力だよ!   風は怒りを運んで、   世界を冷ますんだ!」

赤い鳥は震えた。

「……怒りは……力……?」

■ 赤い鳥の浄化

少年の言葉が風の森に響き、  赤い鳥は光を帯び始めた。

「……あたたかい……   これは……風の心……?」

風の渦が静まり、  赤い鳥はゆっくりと羽を広げた。

「……わたしは……   怒りではなく……   風の力……   風は……世界を包む……」

赤い鳥は光に包まれ、  風の中へ溶けていった。

風は静かになり、  森は優しく揺れた。

■ 風の帰還

風は軽く、  熱は消え、  草原は静かに歌った。

レラ・カムイが現れ、  少年に言った。

「おまえの心が、風の怒りを癒した。   風は怒ってもよい。   だが、怒りは風の力となる。   風は世界を包むために吹くのだ」

少年は風に向かって言った。

「これからも、ぼくに風の歌を聞かせてね」

風は優しく吹き、  少年の頬を撫でた。

■ その後の世界

それ以来、  風がひときわ温かく吹く日には、  人々はこう言うようになった。

「あれは、風の森で眠っていた赤い鳥が  怒りを風に返した証だ」

風は今日も世界を巡り、  怒りを力に変え、  静かに歌い続けている。