| Tweet 「アイヌ神話・民話体系」全60話 第58話 風の森で眠る赤い鳥https://ganta.sa-suke.com/1058.html | |
Ⅰ 自然とカムイの章(1〜15話) 第1話 風のカムイが最初に歌った日 第2話 大地を抱くクマのカムイ 第3話 川の女神トゥラノの涙 第4話 火のカムイと雪のカムイの争い 第5話 海霧を運ぶシャチの精霊 第6話 森の影を食べるフクロウの伝承 第7話 山の心臓が鳴る夜 第8話 雷のカムイが子を授ける話 第9話 霧の中で迷う鹿の魂 第10話 星を拾った少年 第11話 氷の裂け目に住む古い神 第12話 風を縫う少女と草原の歌 第13話 湖の底の鏡の国 第14話 木の根が語る千年前の記憶 第15話 太陽を背負ったカラスの旅 Ⅱ 生活と知恵の章(16〜30話)第16話 最初のアットゥシ織り Ⅲ 戦いと民族の記憶の章(31〜50話)第31話 森を歩く影の鹿角
|
第58話 風の森で眠る赤い鳥 世界がまだ若く、風のカムイが歌い、大地のクマのカムイが眠りを守り、火の鳥が赤い羽を広げ、白い狼が夜明けを運び、影の底で笑う黒い鳥が壊れた心を光に返したころ。 その草原に、奇妙な風が吹き始めた。 風が熱を帯びていた。 春でもないのに、 夏でもないのに、 風が赤く揺れ、 草原を焦がすような気配を放っていた。 動物たちは怯えた。 「風の森に“赤い鳥”が落ちた」 「鳥が眠ると、風が熱を持つ」 「風の心が燃えている」 その噂は、 風の揺れを読む少年 カゼト・シモ の耳にも届いた。 少年は風に触れ、 胸がざわついた。 「……風が泣いてる…… でも、怒ってる…… 風の森で、赤い鳥が眠ってる……」 ■ 風の森へ向かう風の森は、 風の記憶が集まる場所。 木々は風の歌をまとい、 葉は風の影を揺らし、 森全体が風の心臓のようだった。 だがその日、森は熱を帯びていた。 風は荒れ、 木々は震え、 葉は赤い光を反射していた。 少年は風の揺れを辿り、 森の奥へ進んだ。 やがて、赤い光が見えた。 そこに―― 赤い鳥 が倒れていた。 鳥は火のように赤く、 羽は熱を帯び、 胸は弱く上下していた。 ■ 赤い鳥の声少年がそっと鳥に触れると、 鳥はかすかに目を開けた。 「……わたしは……風の鳥…… 風の心を運ぶ…… だが……心が熱く…… 燃えすぎて…… 飛べなくなった…… だから……森に落ちた……」 少年は息を呑んだ。 「風の心が……燃えてるの……?」 赤い鳥は弱く頷いた。 「……風は……世界を巡る…… 涙を乾かし…… 迷いを運び…… 怒りを散らし…… 孤独を撫でる…… だが……そのすべてが積もれば…… 風は熱を帯びる…… 心が燃え…… わたしは……落ちた……」 少年は胸が痛くなった。 「風は……そんなに苦しんでいたんだ……」 ■ 風の心の炎そのとき、森が揺れた。 風が渦を巻き、 赤い光が森を包み込んだ。 「……風は……怒っている…… 誰にも見られず…… 誰にも触れられず…… ただ運ぶだけの存在…… だから……燃える…… 燃えれば……痛みを忘れられる……」 少年は風に押し倒されそうになりながら叫んだ。 「風は怒ってなんかいない! 風は世界を包んでるんだ! 風があるから、ぼくらは生きてるんだよ!」 赤い鳥は震えた。 「……生きている……? わたしは……誰かを……生かしている……?」 ■ 風の試練赤い鳥は少年に近づいた。 「……おまえも……怒っている…… 心の奥で…… 誰にも言えぬ怒りを…… その怒りを……わたしに寄こせ…… わたしは……怒りを喰う……」 少年は震えた。 ――ぼくは怒っているのか。 ――風の心を癒せるのか。 ――赤い鳥に飲まれずにいられるのか。 そのとき、 風の底で歌った白い面の声が 少年の心に響いた。 「迷いは風を深くする。 怒りは風を強くする。」 少年は深く息を吸い、 赤い鳥に向かって叫んだ。 「怒ってもいい! でも、怒りに飲まれちゃだめだ! 怒りは風の力だよ! 風は怒りを運んで、 世界を冷ますんだ!」 赤い鳥は震えた。 「……怒りは……力……?」 ■ 赤い鳥の浄化少年の言葉が風の森に響き、 赤い鳥は光を帯び始めた。 「……あたたかい…… これは……風の心……?」 風の渦が静まり、 赤い鳥はゆっくりと羽を広げた。 「……わたしは…… 怒りではなく…… 風の力…… 風は……世界を包む……」 赤い鳥は光に包まれ、 風の中へ溶けていった。 風は静かになり、 森は優しく揺れた。 ■ 風の帰還風は軽く、 熱は消え、 草原は静かに歌った。 レラ・カムイが現れ、 少年に言った。 「おまえの心が、風の怒りを癒した。 風は怒ってもよい。 だが、怒りは風の力となる。 風は世界を包むために吹くのだ」 少年は風に向かって言った。 「これからも、ぼくに風の歌を聞かせてね」 風は優しく吹き、 少年の頬を撫でた。 ■ その後の世界それ以来、 風がひときわ温かく吹く日には、 人々はこう言うようになった。 「あれは、風の森で眠っていた赤い鳥が 怒りを風に返した証だ」 風は今日も世界を巡り、 怒りを力に変え、 静かに歌い続けている。 |