「アイヌ神話・民話体系」全60話 第18話 鮭を呼ぶ歌の誕生https://ganta.sa-suke.com/1018.html

Ⅰ 自然とカムイの章(1〜15話)

第1話 風のカムイが最初に歌った日
第2話 大地を抱くクマのカムイ
第3話 川の女神トゥラノの涙
第4話 
火のカムイと雪のカムイの争い
第5話 海霧を運ぶシャチの精霊
第6話 森の影を食べるフクロウの伝承
第7話 山の心臓が鳴る夜
第8話 雷のカムイが子を授ける話
第9話 霧の中で迷う鹿の魂
第10話 星を拾った少年
第11話 氷の裂け目に住む古い神
第12話 風を縫う少女と草原の歌
第13話 湖の底の鏡の国
第14話 木の根が語る千年前の記憶
第15話 太陽を背負ったカラスの旅

Ⅱ 生活と知恵の章(16〜30話)

第16話 最初のアットゥシ織り
第17話 狩人と弓の精霊の契約
第18話 鮭を呼ぶ歌の誕生
第19話 村を救った薬草の物語
第20話 海を渡る影の船
第21話 風の穴に落ちた少年
第22話 火の鳥が落とした赤い羽
第23話 熊送りの儀式が生まれた日
第24話 星を喰べた山の巨人
第25話 霧の森で笑う子どもたち
第26話 夜明けを運ぶ白い狼
第27話 影を縫う蜘蛛の巣
第28話 風の骨を拾う少年
第29話 月影を抱く黒鹿の旅
第30話 海底に沈んだ風の鈴

Ⅲ 戦いと民族の記憶の章(31〜50話)

第31話 森を歩く影の鹿角
第32話 雪を食べる白い影
第33話 風を忘れた山の梟
第34話 影を渡る黒い舟
第35話 星明かりを飲む黒い鳥
第36話 夜の川を渡る赤い魚
第37話 影を食べる黒い霧
第38話 風の底で眠る青い石
第39話 最後の戦いと雪嵐の夜
第40話 霧の海で歌う青い鯨
第41話 影の森で眠る黒い花
第42話 星の底で笑う赤い面
第43話 風の声を盗む黒い羽
第44話 雪の底で笑う白い面
第45話 夜明けを盗む黒い狼
第46話 影の海で眠る青い面
第47話 風の森で泣く白い鳥
第48話 月の森で歌う黒い鹿
第49話 影の谷で眠る赤い狐
第50話 風の底で歌う白い面

Ⅳ 星・海・影・雪・風 「鳥・鯨・狐・面・鹿」(51〜60話)

第51話 星の森で眠る青い鳥
第52話 海の底で笑う黒い鯨
第53話 影の森で歌う白い狐
第54話 雪の森で眠る黒い面
第55話 風の影で笑う青い狐
第56話 月の底で眠る白い鳥
第57話 影の底で笑う黒い鳥
第58話 風の森で眠る赤い鳥
第59話 星の底で笑う白い狐
第60話 雪の底で歌う黒い鹿

第18話 雪原を渡る影の狐

 世界がまだ若く、風のカムイが歌い、大地のクマのカムイが眠りを守り、川の女神トゥラノが涙で森を癒し、海のシャチの精霊が霧を運び、影を食べるフクロウが森の均衡を整え、山の心臓が静かに脈打ち、雷のカムイが空を駆け、風を縫う少女が草原に歌を残し、湖の底には鏡の国が眠り、木の根が千年前の記憶を語り、太陽を背負ったカラスが空を巡り、フクロウの神が月を抱いた夜のこと。  そのさらに北、雪が果てしなく続く白い大地に、ひとつの影が走っていた。

それは だった。  しかし、ただの狐ではない。

影の狐――レクン・カムイ。  雪原に落ちる影を食べ、影を操り、影の道を渡る精霊である。

レクン・カムイは、雪原の夜を守る存在だった。  影が濃すぎれば光を呼び、  光が強すぎれば影を整え、  雪原の均衡を保っていた。

だが、その年の冬――  雪原に異変が起きた。

■ 影が消えた雪原

ある夜、雪原の影がすべて消えた。

月が照っているのに、  雪の上には影が落ちない。

影がなければ、夜の道は読めない。  雪原の動物たちは方向を失い、  風のカムイ・レラでさえ戸惑った。

「影が……ない。   これはただ事ではない」

川の女神トゥラノは雪原の水脈を調べ、  影を食べるフクロウ、カゲ・ムンは空から雪原を見下ろした。

「影が……凍っている……   影が雪の下に閉じ込められている……」

そのとき、雪原の奥から、  弱々しい声が聞こえた。

「……たすけて……   影が……動かない……」

それは、影の狐レクン・カムイの声だった。

■ 影の狐の危機

雪原の中央に、  レクン・カムイが倒れていた。

彼の体は薄く、影が揺らぎ、  まるで雪に溶けかけているようだった。

カゲ・ムンが降り立ち、  レクン・カムイに声をかけた。

「どうしたのだ、影の狐よ」

レクン・カムイは苦しげに言った。

「雪が……影を凍らせた……   影が動かず……   わたしの力も……凍っていく……」

トゥラノは雪を触り、  その冷たさに驚いた。

「これは……普通の雪ではない。   氷の大地の奥から吹き出した“古い雪”……   影を閉じ込める力を持っている」

レラ・カムイは風を吹かせたが、  雪はびくともしなかった。

「この雪は……風でも動かせない」

レクン・カムイは震えながら言った。

「影が凍れば……夜が死ぬ……   影がなければ……魂は迷う……   わたしは……影を取り戻さねば……」

しかし、彼は立ち上がることすらできなかった。

■ 影を取り戻す旅

そのとき、雪原の端から  ひとりの少女が現れた。

白い毛皮をまとい、  雪の上を軽やかに歩く少女。

名を ユキ・メノコ という。  雪原に生きる民の娘だった。

ユキ・メノコはレクン・カムイのそばに膝をつき、  優しく言った。

「影の狐よ、あなたを助けに来ました。   影が凍ったのなら、   凍らせた“雪の源”を探さなければなりません」

レクン・カムイは弱く頷いた。

「雪の源……   それは……北の果て……   氷の裂け目のさらに奥……   “影を凍らせる雪”が生まれる場所……」

ユキ・メノコは立ち上がった。

「わたしが行きます。   あなたの影を取り戻すために」

レラ・カムイは風を吹かせた。

「わたしも手伝おう。   雪原の道は風が知っている」

カゲ・ムンは影を揺らした。

「影の気配はわたしが追う」

こうして、  少女と風と影の旅が始まった。

■ 雪の源へ

雪原の奥は静かで、  風の音すら凍りつくようだった。

やがて、巨大な氷の裂け目が現れた。

その奥から、  冷たい光が漏れていた。

ユキ・メノコは裂け目に足を踏み入れた。

そこには――  白い狐がいた。

しかし、その狐は影を持っていなかった。  体は透き通り、雪のように淡く、  目は冷たい光を放っていた。

「わたしは ユキ・カムイ。   雪の源を守る者。   影は不要。   影は雪を汚す」

ユキ・メノコは言った。

「影がなければ、夜が死にます。   影がなければ、世界は形を失います」

ユキ・カムイは首を振った。

「雪は白く、静かで、美しい。   影はその美しさを乱す。   だから凍らせた」

レラ・カムイが風を吹かせた。

「雪よ、影は光があるから生まれる。   影を消せば、光も消える」

カゲ・ムンが影を揺らした。

「影は恐れるものではない。   影があるから、世界は深みを持つ」

ユキ・カムイは揺れた。

「……わたしは……   影がこわい……   影が雪を飲み込むのが……」

ユキ・メノコはそっと手を伸ばした。

「影は雪を飲み込みません。   影は雪の上に寄り添うだけ。   あなたが影を受け入れれば、   雪はもっと美しくなる」

ユキ・カムイは震え、  やがて静かに頷いた。

「……影を……返そう……」

■ 影の解放

ユキ・カムイが雪を揺らすと、  凍っていた影が溶け出し、  雪原へ流れ戻っていった。

その影の中に、  レクン・カムイの影もあった。

影は雪原を渡り、  レクン・カムイの体へ戻った。

レクン・カムイは立ち上がり、  影を揺らして言った。

「……戻った……   わたしの影が……戻った……!」

ユキ・メノコは微笑んだ。

「よかった……」

レクン・カムイは深く頭を下げた。

「ユキ・メノコよ、   おまえは雪原の光だ。   影を恐れぬ心を持つ者だ」

■ その後の世界

影が戻った雪原は、  再び夜の道を取り戻した。

動物たちは影を頼りに歩き、  風は影を読んで歌い、  雪原は静かに息をした。

そして、雪原に影が長く伸びる夜には、  人々はこう言う。

「あれは、影の狐が雪原を渡っているのだ」

レクン・カムイは今も雪原を走り、  影と光の均衡を守り続けている。