| Tweet 「アイヌ神話・民話体系」全60話 第55話 風の影で笑う青い狐https://ganta.sa-suke.com/1055.html | |
Ⅰ 自然とカムイの章(1〜15話) 第1話 風のカムイが最初に歌った日 第2話 大地を抱くクマのカムイ 第3話 川の女神トゥラノの涙 第4話 火のカムイと雪のカムイの争い 第5話 海霧を運ぶシャチの精霊 第6話 森の影を食べるフクロウの伝承 第7話 山の心臓が鳴る夜 第8話 雷のカムイが子を授ける話 第9話 霧の中で迷う鹿の魂 第10話 星を拾った少年 第11話 氷の裂け目に住む古い神 第12話 風を縫う少女と草原の歌 第13話 湖の底の鏡の国 第14話 木の根が語る千年前の記憶 第15話 太陽を背負ったカラスの旅 Ⅱ 生活と知恵の章(16〜30話)第16話 最初のアットゥシ織り Ⅲ 戦いと民族の記憶の章(31〜50話)第31話 森を歩く影の鹿角
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第55話 風の影で笑う青い狐 世界がまだ若く、風のカムイが歌い、大地のクマのカムイが眠りを守り、火の鳥が赤い羽を広げ、白い狼が夜明けを運び、雪の森で黒い面が恐れを光に返したころ。 その草原に、奇妙な風が吹き始めた。 風の影が、青く光っていた。 風は吹いているのに、 その影だけが青く揺れ、 草原の上を走り回っていた。 動物たちは怯えた。 「風の影が笑っている」 「青い狐が風の影を盗んだ」 「風が落ち着かない」 その噂は、 風のカムイ・レラの耳にも届いた。 レラ・カムイは風を読み、 深く息を吐いた。 「……風の影が揺れている。 “青い狐”が現れたのだ」 ■ 風の影を読む少年草原の村に、 風の影を読むことができる少年がいた。 名を カゼル・シモ。 風の揺れ、風の影、風の心を感じ取ることができた。 ある夕暮れ、少年は草原で 青い影を見た。 風の影が、 まるで生き物のように走り回っていた。 その影は、 ときおり狐の形を取った。 青い狐――カムイ・フチリ。 少年は風に手を当てた。 「……風が笑ってる…… でも、どこか苦しそう…… 青い狐が、風の影を揺らしてる……」 そのとき、レラ・カムイが現れた。 「カゼル・シモよ、 風の影に“青い狐”が宿った。 おまえの力が必要だ」 少年は頷いた。 「風を救う。 青い影が泣いているのは、放っておけない」 ■ 風の影を追う風の影は草原を駆け、 丘を越え、 森の端へと逃げていった。 少年とレラ・カムイはその後を追った。 やがて、風の影が渦を巻き、 青い光が立ち上った。 そこに―― 青い狐 がいた。 その体は風のように軽く、 瞳は青く、 尾は影のように揺れていた。 狐は笑っていた。 「……ヒュウ……ヒュウ……」 その笑いは、 風の影を震わせるような不思議な響きだった。 ■ 青い狐の声少年は震えながら言った。 「あなたが……風の影を揺らしているの?」 青い狐は笑いながら答えた。 「……わたしは……風の影…… 風は……軽い…… 風は……自由…… だが……風はときに…… 自分の影を忘れる…… 影を忘れれば…… 風は迷う…… その迷いが……わたしを生んだ……」 少年は息を呑んだ。 「風が……自分の影を忘れた……?」 狐は尾を揺らした。 「……風は……歌う…… だが……影は歌わぬ…… 影は……風の裏側…… 誰も見ない…… だから……わたしは笑う…… 影を思い出させるために……」 ■ 風の影の孤独レラ・カムイは静かに言った。 「風は世界を巡るが、 その影は誰にも見られぬ。 風が影を忘れれば、 影は孤独になり、 青い狐となって現れる」 少年は胸に手を当てた。 「風は……影を忘れたくなんかないよ。 ただ、風は速すぎて、 影を見失ってしまうだけなんだ」 青い狐は揺れた。 「……見失う……? わたしは……忘れられたのでは……ない……?」 ■ 風の試練青い狐は少年に近づいた。 「……おまえも……影を忘れている…… 心の影を…… 痛みの影を…… 迷いの影を…… その影を……わたしに寄こせ…… わたしは……影を喰う……」 少年は後ずさった。 ――ぼくは影を忘れているのか。 ――風の影を救えるのか。 ――青い狐に飲まれずにいられるのか。 レラ・カムイが叫んだ。 「心を強く持て! 影はおまえの一部だ! 影を忘れれば、影は孤独になる!」 少年は深く息を吸い、 青い狐に向かって叫んだ。 「影は忘れない! 影はぼくの一部だ! 風が影を見失っても、 影は風を見てる! 影は風の友だよ!」 青い狐は震えた。 「……影は……風の友……?」 ■ 青い狐の浄化少年の言葉が草原に響き、 青い狐は光を帯び始めた。 「……あたたかい…… これは……風の心……?」 レラ・カムイは言った。 「影は光を恐れぬ。 光があるから影は生まれる。 風が影を思い出せば、 影は自由になる」 青い狐はゆっくりと光に包まれ、 風の中へ溶けていった。 風の影は静かになり、 草原は優しく揺れた。 ■ 風の帰還風は軽く、 影は穏やかに揺れ、 草原は静かに歌った。 レラ・カムイは少年に言った。 「おまえの心が、風の影を救った。 風は影を忘れぬ。 影は風の友だからだ」 少年は風に向かって言った。 「これからも、影といっしょに歌ってね」 風は優しく吹き、 少年の頬を撫でた。 ■ その後の世界それ以来、 風の影がひときわ青く揺れる日には、 人々はこう言うようになった。 「あれは、風の影で笑っていた青い狐が 孤独を風に返した証だ」 風は今日も世界を巡り、 影とともに歌い続けている。 |