| Tweet 「アイヌ神話・民話体系」全60話 第30話 海底に沈んだ風の鈴https://ganta.sa-suke.com/1030.html | |
Ⅰ 自然とカムイの章(1〜15話) 第1話 風のカムイが最初に歌った日 第2話 大地を抱くクマのカムイ 第3話 川の女神トゥラノの涙 第4話 火のカムイと雪のカムイの争い 第5話 海霧を運ぶシャチの精霊 第6話 森の影を食べるフクロウの伝承 第7話 山の心臓が鳴る夜 第8話 雷のカムイが子を授ける話 第9話 霧の中で迷う鹿の魂 第10話 星を拾った少年 第11話 氷の裂け目に住む古い神 第12話 風を縫う少女と草原の歌 第13話 湖の底の鏡の国 第14話 木の根が語る千年前の記憶 第15話 太陽を背負ったカラスの旅 Ⅱ 生活と知恵の章(16〜30話)第16話 最初のアットゥシ織り Ⅲ 戦いと民族の記憶の章(31〜50話)第31話 森を歩く影の鹿角
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第30話 海底に沈んだ風の鈴 世界がまだ若く、風のカムイが歌い、大地のクマのカムイが眠りを守り、火の鳥が赤い羽を広げ、白い狼が夜明けを運び、黒鹿が月影を抱いて旅をし、風の骨を拾った少年が風を救ったころ。 その海の底で、静かに揺れるひとつの音があった。 チリン……チリン…… それは、風の鈴の音だった。 しかし、海の底に風は吹かない。 風の鈴が鳴るはずがない。 海のシャチの精霊、レタラ・レプンはその音を聞き、 胸に不安を覚えた。 「海の底で……風の鈴が鳴っている…… これは、ただ事ではない」 風の鈴は、風のカムイが地上に残した贈り物。 風が吹けば鳴り、 風が止まれば静かになる。 その鈴が海底で鳴るということは―― 風が海に囚われている ということだった。 ■ 風の鈴を拾う少女海辺の村に、 風の鈴の音を聞き分ける少女がいた。 名を カナリ・メノコ。 風の音を愛し、 海の歌を聞くことができる少女だった。 ある朝、海辺で鈴の音を聞いた。 チリン……チリン…… しかし、風は吹いていなかった。 「……海の底から……聞こえる……?」 少女は海に耳を澄ませた。 「……たすけて…… わたしは……風の鈴…… 風が……海に囚われた……」 カナリ・メノコは驚いた。 「風が……海に……?」 そのとき、海のシャチの精霊レタラ・レプンが 海面を割って現れた。 「カナリ・メノコよ、 風の鈴の声を聞いたのだな」 少女は頷いた。 「風が海に囚われたって……本当なの?」 レタラ・レプンは深くうなずいた。 「“海底の渦” が風を飲み込んだ。 風がなければ、海は呼吸を失う。 世界の均衡が乱れる」 少女は決意した。 「わたしが風の鈴を取り戻す! 風を海から救う!」 ■ 海底への旅レタラ・レプンは少女を背に乗せ、 海の底へ向かった。 海は深く、 光は弱まり、 水は冷たくなった。 やがて、海底に巨大な渦が現れた。 渦は黒く、 海の影を吸い込み、 風の鈴を抱え込んでいた。 チリン……チリン…… 鈴の音は弱く、 まるで泣いているようだった。 カナリ・メノコは叫んだ。 「風の鈴! 今助けるから!」 そのとき、渦の中心から声が響いた。 「……風は……うるさい…… 海は……静かでいたい…… だから……風を閉じ込めた……」 それは、 海底の渦の主(ウズ・カムイ) だった。 ■ 渦の主との対話渦の主は、 海の影と水の流れが混ざり合ったような姿をしていた。 「風は……海を乱す…… 波を荒らし…… 海を騒がせる…… だから……閉じ込めた……」 カナリ・メノコは首を振った。 「風は海を乱すために吹いてるんじゃない! 海を動かし、海を生かすために吹いてるの!」 渦の主は揺れた。 「……海は……静かでいたい…… 風は……こわい…… 風が来ると……わたしは……形を失う……」 少女は優しく言った。 「風はあなたを壊さない。 風があるから、海は呼吸できる。 風があるから、海は生きている。 あなたも海の一部なんだよ」 渦の主は震えた。 「……わたしは…… 海の一部……?」 「そう。 だから、風を閉じ込めちゃだめ。 海も風も、いっしょに世界を動かしているの」 ■ 風の鈴の解放渦の主はゆっくりと渦を弱めた。 「……わかった…… 風を……返そう…… 海は……風とともに……生きる……」 渦がほどけ、 風の鈴が光を取り戻した。 チリン……チリン…… 今度は、 優しい風の音だった。 風の鈴は少女の手の中へ飛び込み、 温かく震えた。 「……ありがとう…… わたしは……風の心…… あなたのおかげで……戻れた……」 レタラ・レプンは海面へ向かって泳ぎ出した。 ■ 風の帰還海面に戻ると、 風が吹き始めた。 海は波を立て、 空は明るくなり、 風の鈴は軽やかに鳴った。 村人たちは驚いた。 「風が戻った!」 「海が息をしている!」 「風の鈴が鳴っている!」 カナリ・メノコは風の鈴を掲げた。 「風は海と仲直りしたよ。 もう大丈夫」 風は少女の髪を揺らし、 海は優しく波を寄せた。 ■ その後の世界それ以来、 海辺で風の鈴が鳴ると、 人々はこう言うようになった。 「あれは、海底に沈んだ風の鈴が 風と海の仲を確かめている音だ」 風の鈴は今日も海辺で揺れ、 風と海の物語を静かに歌っている。 |