「アイヌ神話・民話体系」全60話 第56話 月の底で眠る白い鳥https://ganta.sa-suke.com/1056.html

Ⅰ 自然とカムイの章(1〜15話)

第1話 風のカムイが最初に歌った日
第2話 大地を抱くクマのカムイ
第3話 川の女神トゥラノの涙
第4話 
火のカムイと雪のカムイの争い
第5話 海霧を運ぶシャチの精霊
第6話 森の影を食べるフクロウの伝承
第7話 山の心臓が鳴る夜
第8話 雷のカムイが子を授ける話
第9話 霧の中で迷う鹿の魂
第10話 星を拾った少年
第11話 氷の裂け目に住む古い神
第12話 風を縫う少女と草原の歌
第13話 湖の底の鏡の国
第14話 木の根が語る千年前の記憶
第15話 太陽を背負ったカラスの旅

Ⅱ 生活と知恵の章(16〜30話)

第16話 最初のアットゥシ織り
第17話 狩人と弓の精霊の契約
第18話 鮭を呼ぶ歌の誕生
第19話 村を救った薬草の物語
第20話 海を渡る影の船
第21話 風の穴に落ちた少年
第22話 火の鳥が落とした赤い羽
第23話 熊送りの儀式が生まれた日
第24話 星を喰べた山の巨人
第25話 霧の森で笑う子どもたち
第26話 夜明けを運ぶ白い狼
第27話 影を縫う蜘蛛の巣
第28話 風の骨を拾う少年
第29話 月影を抱く黒鹿の旅
第30話 海底に沈んだ風の鈴

Ⅲ 戦いと民族の記憶の章(31〜50話)

第31話 森を歩く影の鹿角
第32話 雪を食べる白い影
第33話 風を忘れた山の梟
第34話 影を渡る黒い舟
第35話 星明かりを飲む黒い鳥
第36話 夜の川を渡る赤い魚
第37話 影を食べる黒い霧
第38話 風の底で眠る青い石
第39話 最後の戦いと雪嵐の夜
第40話 霧の海で歌う青い鯨
第41話 影の森で眠る黒い花
第42話 星の底で笑う赤い面
第43話 風の声を盗む黒い羽
第44話 雪の底で笑う白い面
第45話 夜明けを盗む黒い狼
第46話 影の海で眠る青い面
第47話 風の森で泣く白い鳥
第48話 月の森で歌う黒い鹿
第49話 影の谷で眠る赤い狐
第50話 風の底で歌う白い面

Ⅳ 星・海・影・雪・風 「鳥・鯨・狐・面・鹿」(51〜60話)

第51話 星の森で眠る青い鳥
第52話 海の底で笑う黒い鯨
第53話 影の森で歌う白い狐
第54話 雪の森で眠る黒い面
第55話 風の影で笑う青い狐
第56話 月の底で眠る白い鳥
第57話 影の底で笑う黒い鳥
第58話 風の森で眠る赤い鳥
第59話 星の底で笑う白い狐
第60話 雪の底で歌う黒い鹿
第56話 月の底で眠る白い鳥

世界がまだ若く、風のカムイが歌い、大地のクマのカムイが眠りを守り、火の鳥が赤い羽を広げ、白い狼が夜明けを運び、風の影で笑う青い狐が孤独を風に返したころ。  その夜、月はいつもより白く、静かに揺れていた。

月が泣いていた。

光は澄んでいるのに、  影は柔らかいのに、  月の奥から、かすかな涙の気配が漂っていた。

夜空の動物たちは囁いた。

「月の底に“白い鳥”が眠っている」  「鳥が眠ると、月が揺れる」  「月の心が凍ってしまった」

その噂は、  月の揺れを読む少女 ツキハ・メノコ の耳にも届いた。

少女は夜空を見上げ、  月の震えを感じ取った。

「……月が泣いてる……   月の底で、白い鳥が眠ってる……   月の心が……閉じてる……」

■ 月の底へ向かう

月の森を抜け、  月影の道を渡り、  少女は月の光の奥へ進んだ。

そこには、  月の涙が落ちるたびに開くという  月の底(モシリ・シタ) への道があった。

白い光が揺れ、  影が静かに沈み、  月の記憶が漂っていた。

少女は光の裂け目へ飛び込んだ。

月の底は、  白い霧と影が混ざり合う不思議な世界だった。

月の涙が凍りつき、  月の歌が途切れ、  月の影が眠っていた。

その中心に――  白い鳥 が倒れていた。

鳥は月の光をまとい、  羽は白く、  胸は弱く上下していた。

■ 白い鳥の声

少女がそっと鳥に触れると、  鳥はかすかに目を開けた。

「……わたしは……月の鳥……   月の心を運ぶ……   だが……心が重く……   飛べなくなった……   だから……月の底に落ちた……」

少女は胸が痛くなった。

「月の心が……重いの……?」

白い鳥は弱く頷いた。

「……月は……光を放つ……   だが……光が届かぬ夜もある……   誰にも見られぬ夜もある……   そのたびに……月は迷う……   “わたしの光は意味があるのか”と……   その迷いが……心を重くする……   わたしは……その心を運ぶ……   だが……重すぎて……眠ってしまった……」

少女は涙をこぼした。

「月の光は……意味があるよ。   月があるから、夜は優しいんだよ」

■ 月の心の凍りつき

そのとき、月の底が揺れた。

白い霧が渦を巻き、  月の影が鳥を包み込んだ。

「……月は……弱い……   光は……脆い……   影に飲まれ……   涙に沈み……   心は凍る……   だから……眠る……   眠れば……傷つかない……」

少女は影に飲まれそうになりながら叫んだ。

「月は弱くない!   月は夜を照らすために生まれたんだよ!   月の光は、誰かの心に届いてる!」

白い鳥は震えた。

「……届いている……?   わたしの光は……   誰かに届いている……?」

少女は頷いた。

「わたしに届いてる。   月があるから、夜が怖くないんだよ」

■ 月の試練

月の影が少女に問いかけた。

「……おまえも……迷っている……   月を救えるのか……   光を守れるのか……   その迷いを……わたしに寄こせ……   わたしは……迷いを喰う……」

少女は震えた。

――わたしは月を救えるのか。  ――白い鳥を助けられるのか。 ――月の心を軽くできるのか。

少女は深く息を吸い、  月の影に向かって叫んだ。

「迷ってもいい!   月も、わたしも、   迷いながら進むんだよ!   迷いは弱さじゃない!   迷うから、光を探せるんだよ!」

月の影は揺れた。

「……迷いは……弱さではない……?」

■ 白い鳥の浄化

少女の言葉が月の底に響き、  白い鳥は光を帯び始めた。

「……あたたかい……   これは……月の心……?」

鳥はゆっくりと立ち上がり、  羽を広げた。

白い光が月の底を照らし、  影は静かに消えていった。

鳥は少女に言った。

「……ありがとう……   おまえの心が……   月の迷いを軽くした……   わたしは……再び飛べる……」

白い鳥は夜空へ舞い上がり、  月の光の中へ溶けていった。

■ 月の帰還

夜空の月は輝きを増し、  森は静かに光を浴びた。

月の子たちは囁いた。

「月の心が軽くなった」  「白い鳥が戻った」 「月が笑っている」

少女は夜空を見上げた。

「月は……迷っても輝くんだね」

月は優しく瞬き、  少女の頬を照らした。

■ その後の世界

それ以来、  月がひときわ白く輝く夜には、  人々はこう言うようになった。

「あれは、月の底で眠っていた白い鳥が  月の心を空へ返した証だ」

月は今日も夜空を照らし、  迷いを抱きながらも、  静かに輝き続けている。