| Tweet 「アイヌ神話・民話体系」全60話 第56話 月の底で眠る白い鳥https://ganta.sa-suke.com/1056.html | |
Ⅰ 自然とカムイの章(1〜15話) 第1話 風のカムイが最初に歌った日 第2話 大地を抱くクマのカムイ 第3話 川の女神トゥラノの涙 第4話 火のカムイと雪のカムイの争い 第5話 海霧を運ぶシャチの精霊 第6話 森の影を食べるフクロウの伝承 第7話 山の心臓が鳴る夜 第8話 雷のカムイが子を授ける話 第9話 霧の中で迷う鹿の魂 第10話 星を拾った少年 第11話 氷の裂け目に住む古い神 第12話 風を縫う少女と草原の歌 第13話 湖の底の鏡の国 第14話 木の根が語る千年前の記憶 第15話 太陽を背負ったカラスの旅 Ⅱ 生活と知恵の章(16〜30話)第16話 最初のアットゥシ織り Ⅲ 戦いと民族の記憶の章(31〜50話)第31話 森を歩く影の鹿角
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第56話 月の底で眠る白い鳥
世界がまだ若く、風のカムイが歌い、大地のクマのカムイが眠りを守り、火の鳥が赤い羽を広げ、白い狼が夜明けを運び、風の影で笑う青い狐が孤独を風に返したころ。 その夜、月はいつもより白く、静かに揺れていた。 月が泣いていた。 光は澄んでいるのに、 影は柔らかいのに、 月の奥から、かすかな涙の気配が漂っていた。 夜空の動物たちは囁いた。 「月の底に“白い鳥”が眠っている」 「鳥が眠ると、月が揺れる」 「月の心が凍ってしまった」 その噂は、 月の揺れを読む少女 ツキハ・メノコ の耳にも届いた。 少女は夜空を見上げ、 月の震えを感じ取った。 「……月が泣いてる…… 月の底で、白い鳥が眠ってる…… 月の心が……閉じてる……」 ■ 月の底へ向かう月の森を抜け、 月影の道を渡り、 少女は月の光の奥へ進んだ。 そこには、 月の涙が落ちるたびに開くという 月の底(モシリ・シタ) への道があった。 白い光が揺れ、 影が静かに沈み、 月の記憶が漂っていた。 少女は光の裂け目へ飛び込んだ。 月の底は、 白い霧と影が混ざり合う不思議な世界だった。 月の涙が凍りつき、 月の歌が途切れ、 月の影が眠っていた。 その中心に―― 白い鳥 が倒れていた。 鳥は月の光をまとい、 羽は白く、 胸は弱く上下していた。 ■ 白い鳥の声少女がそっと鳥に触れると、 鳥はかすかに目を開けた。 「……わたしは……月の鳥…… 月の心を運ぶ…… だが……心が重く…… 飛べなくなった…… だから……月の底に落ちた……」 少女は胸が痛くなった。 「月の心が……重いの……?」 白い鳥は弱く頷いた。 「……月は……光を放つ…… だが……光が届かぬ夜もある…… 誰にも見られぬ夜もある…… そのたびに……月は迷う…… “わたしの光は意味があるのか”と…… その迷いが……心を重くする…… わたしは……その心を運ぶ…… だが……重すぎて……眠ってしまった……」 少女は涙をこぼした。 「月の光は……意味があるよ。 月があるから、夜は優しいんだよ」 ■ 月の心の凍りつきそのとき、月の底が揺れた。 白い霧が渦を巻き、 月の影が鳥を包み込んだ。 「……月は……弱い…… 光は……脆い…… 影に飲まれ…… 涙に沈み…… 心は凍る…… だから……眠る…… 眠れば……傷つかない……」 少女は影に飲まれそうになりながら叫んだ。 「月は弱くない! 月は夜を照らすために生まれたんだよ! 月の光は、誰かの心に届いてる!」 白い鳥は震えた。 「……届いている……? わたしの光は…… 誰かに届いている……?」 少女は頷いた。 「わたしに届いてる。 月があるから、夜が怖くないんだよ」 ■ 月の試練月の影が少女に問いかけた。 「……おまえも……迷っている…… 月を救えるのか…… 光を守れるのか…… その迷いを……わたしに寄こせ…… わたしは……迷いを喰う……」 少女は震えた。 ――わたしは月を救えるのか。 ――白い鳥を助けられるのか。 ――月の心を軽くできるのか。 少女は深く息を吸い、 月の影に向かって叫んだ。 「迷ってもいい! 月も、わたしも、 迷いながら進むんだよ! 迷いは弱さじゃない! 迷うから、光を探せるんだよ!」 月の影は揺れた。 「……迷いは……弱さではない……?」 ■ 白い鳥の浄化少女の言葉が月の底に響き、 白い鳥は光を帯び始めた。 「……あたたかい…… これは……月の心……?」 鳥はゆっくりと立ち上がり、 羽を広げた。 白い光が月の底を照らし、 影は静かに消えていった。 鳥は少女に言った。 「……ありがとう…… おまえの心が…… 月の迷いを軽くした…… わたしは……再び飛べる……」 白い鳥は夜空へ舞い上がり、 月の光の中へ溶けていった。 ■ 月の帰還夜空の月は輝きを増し、 森は静かに光を浴びた。 月の子たちは囁いた。 「月の心が軽くなった」 「白い鳥が戻った」 「月が笑っている」 少女は夜空を見上げた。 「月は……迷っても輝くんだね」 月は優しく瞬き、 少女の頬を照らした。 ■ その後の世界それ以来、 月がひときわ白く輝く夜には、 人々はこう言うようになった。 「あれは、月の底で眠っていた白い鳥が 月の心を空へ返した証だ」 月は今日も夜空を照らし、 迷いを抱きながらも、 静かに輝き続けている。 |