「アイヌ神話・民話体系」全60話 第33話 風を忘れた山の梟https://ganta.sa-suke.com/1033.html

Ⅰ 自然とカムイの章(1〜15話)

第1話 風のカムイが最初に歌った日
第2話 大地を抱くクマのカムイ
第3話 川の女神トゥラノの涙
第4話 
火のカムイと雪のカムイの争い
第5話 海霧を運ぶシャチの精霊
第6話 森の影を食べるフクロウの伝承
第7話 山の心臓が鳴る夜
第8話 雷のカムイが子を授ける話
第9話 霧の中で迷う鹿の魂
第10話 星を拾った少年
第11話 氷の裂け目に住む古い神
第12話 風を縫う少女と草原の歌
第13話 湖の底の鏡の国
第14話 木の根が語る千年前の記憶
第15話 太陽を背負ったカラスの旅

Ⅱ 生活と知恵の章(16〜30話)

第16話 最初のアットゥシ織り
第17話 狩人と弓の精霊の契約
第18話 鮭を呼ぶ歌の誕生
第19話 村を救った薬草の物語
第20話 海を渡る影の船
第21話 風の穴に落ちた少年
第22話 火の鳥が落とした赤い羽
第23話 熊送りの儀式が生まれた日
第24話 星を喰べた山の巨人
第25話 霧の森で笑う子どもたち
第26話 夜明けを運ぶ白い狼
第27話 影を縫う蜘蛛の巣
第28話 風の骨を拾う少年
第29話 月影を抱く黒鹿の旅
第30話 海底に沈んだ風の鈴

Ⅲ 戦いと民族の記憶の章(31〜50話)

第31話 森を歩く影の鹿角
第32話 雪を食べる白い影
第33話 風を忘れた山の梟
第34話 影を渡る黒い舟
第35話 星明かりを飲む黒い鳥
第36話 夜の川を渡る赤い魚
第37話 影を食べる黒い霧
第38話 風の底で眠る青い石
第39話 最後の戦いと雪嵐の夜
第40話 霧の海で歌う青い鯨
第41話 影の森で眠る黒い花
第42話 星の底で笑う赤い面
第43話 風の声を盗む黒い羽
第44話 雪の底で笑う白い面
第45話 夜明けを盗む黒い狼
第46話 影の海で眠る青い面
第47話 風の森で泣く白い鳥
第48話 月の森で歌う黒い鹿
第49話 影の谷で眠る赤い狐
第50話 風の底で歌う白い面

Ⅳ 星・海・影・雪・風 「鳥・鯨・狐・面・鹿」(51〜60話)

第51話 星の森で眠る青い鳥
第52話 海の底で笑う黒い鯨
第53話 影の森で歌う白い狐
第54話 雪の森で眠る黒い面
第55話 風の影で笑う青い狐
第56話 月の底で眠る白い鳥
第57話 影の底で笑う黒い鳥
第58話 風の森で眠る赤い鳥
第59話 星の底で笑う白い狐
第60話 雪の底で歌う黒い鹿

第33話 風を忘れた山の梟

(約4000字)

世界がまだ若く、風のカムイが歌い、大地のクマのカムイが眠りを守り、火の鳥が赤い羽を広げ、白い狼が夜明けを運び、黒鹿が月影を抱いて旅をし、雪を食べる白い影が冬の子として還ったころ。  その山の頂で、奇妙な静けさが広がっていた。

風が吹かない。

山はいつも強い風が吹き、  木々はざわめき、  岩は風に削られ、  梟たちは風に乗って夜を巡るはずだった。

しかし、その夜は違った。

風は止まり、  木々は沈黙し、  山は息を潜めていた。

そして、山の梟たちは囁いた。

「山の主が……風を忘れた」  「風を読む梟が……風を失った」 「このままでは、夜が閉じてしまう」

山の主とは、  風を読む梟――フチ・フクロウ のことだった。

■ 風を忘れた梟

山の頂にある古い木の上で、  フチ・フクロウはじっと目を閉じていた。

その羽は重く、  瞳は曇り、  風を読む力は消えていた。

風のカムイ・レラが山へ駆けつけた。

「フチ・フクロウよ、どうしたのだ。   おまえが風を読まねば、山は眠ってしまう」

フチ・フクロウは弱々しく言った。

「……風が……聞こえぬ……   風の声が……消えた……   わたしは……風を忘れた……」

レラ・カムイは驚いた。

「風を忘れるなど……ありえぬ。   おまえは風の友だろう」

フチ・フクロウは首を振った。

「風の底から……“風の記憶” が奪われた……   わたしの心から……風が消えた……   このままでは……山は風を失う……」

山の梟たちは震えた。

「風が消えれば、夜が閉じる」  「梟は飛べなくなる」 「山が死んでしまう」

■ 風の記憶を探す少年

そのとき、山の麓からひとりの少年が現れた。

名を カザネ・シモ。  風の音を聞き、  風の気配を読むことができる少年だった。

カザネ・シモはフチ・フクロウに言った。

「ぼくが風の記憶を取り戻します。   風はぼくの友だ。   風を忘れたままなんて、許せない」

フチ・フクロウは少年を見つめた。

「風の記憶は……“風の底” に落ちた……   そこは危険だ……   風が心を試す……   弱い心は……風に吹き飛ばされる……」

少年は胸を張った。

「ぼくは風を信じています。   だから、風に負けません」

レラ・カムイは風を揺らした。

「ならば、わたしが道を示そう。   風の底は風が乱れ、   風が風を喰う場所だ。   だが、おまえの心が道を作るだろう」

■ 風の底へ

風の底は、  山の裏側にある深い裂け目だった。

風が渦を巻き、  空気が震え、  地面が風に吸い込まれていた。

カザネ・シモは裂け目の前に立った。

「ここが……風の底……」

レラ・カムイは言った。

「風の底では、風が心を映す。   恐れれば風は刃となり、   迷えば風は闇となる。   だが、信じれば風は道となる」

少年は深く息を吸い、  風の渦の中へ飛び込んだ。

■ 風の底の試練

風の底は、  空と地面が逆さまに揺れる奇妙な世界だった。

風が壁のように立ち、  風が川のように流れ、  風が獣のように吠えていた。

その中心に、  白い光の欠片が散らばっていた。

「これが……風の記憶……?」

少年が欠片に触れようとすると、  風が叫んだ。

「……触れるな……   おまえは風ではない……   風の記憶に触れる資格は……ない……」

少年は叫んだ。

「ぼくは風じゃないけど、   風が好きなんだ!   風を助けたいんだ!」

風は揺れた。

「……助けたい……?   なぜ……?」

少年は胸に手を当てた。

「風はぼくを救ってくれた。   悲しいとき、風がぼくを慰めてくれた。   だから今度は、ぼくが風を救う!」

風の底が静まり、  風の記憶が光り始めた。

■ 風の記憶の復活

少年が欠片を集めると、  光がひとつに集まり、  風の中へ溶けていった。

風が優しく吹いた。

「……ありがとう……   おまえの心が……   わたしの記憶をつないだ……   風は……戻った……」

風は少年を包み、  山の頂へ運んだ。

■ 梟の復活

フチ・フクロウは風を感じ、  ゆっくりと目を開けた。

「……風が……戻った……   わたしは……風を思い出した……!」

風が梟の羽を揺らし、  梟は大きく羽ばたいた。

山に風が吹き、  木々はざわめき、  夜が再び動き始めた。

フチ・フクロウは少年に言った。

「おまえの心が、風を救った。   風は忘れぬ。   おまえの名を、風は覚えた」

■ その後の世界

山に風が戻ると、  梟たちは夜を巡り、  木々は歌い、  山は息を吹き返した。

村人たちは言った。

「風を忘れた梟は、   少年の心で風を思い出したのだ」  「風は心を映す」 「風を信じる者に、風は応える」

そして、山に強い風が吹く夜には、  人々はこう言うようになった。

「あれは、風を忘れた山の梟が  風とともに夜を巡っている証だ」

フチ・フクロウは今日も風を読み、  山の夜を静かに見守っている。