| Tweet 「アイヌ神話・民話体系」全60話 第50話 風の底で歌う白い面https://ganta.sa-suke.com/1050.html | |
Ⅰ 自然とカムイの章(1〜15話) 第1話 風のカムイが最初に歌った日 第2話 大地を抱くクマのカムイ 第3話 川の女神トゥラノの涙 第4話 火のカムイと雪のカムイの争い 第5話 海霧を運ぶシャチの精霊 第6話 森の影を食べるフクロウの伝承 第7話 山の心臓が鳴る夜 第8話 雷のカムイが子を授ける話 第9話 霧の中で迷う鹿の魂 第10話 星を拾った少年 第11話 氷の裂け目に住む古い神 第12話 風を縫う少女と草原の歌 第13話 湖の底の鏡の国 第14話 木の根が語る千年前の記憶 第15話 太陽を背負ったカラスの旅 Ⅱ 生活と知恵の章(16〜30話)第16話 最初のアットゥシ織り Ⅲ 戦いと民族の記憶の章(31〜50話)第31話 森を歩く影の鹿角
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第50話 風の底で歌う白い面 世界がまだ若く、風のカムイが歌い、大地のクマのカムイが眠りを守り、火の鳥が赤い羽を広げ、白い狼が夜明けを運び、黒鹿が月影を抱いて旅をし、影の谷で眠る赤い狐が怒りを光に返したころ。 その草原に、誰も聞いたことのない歌が響き始めた。 風の底から、白い歌声が聞こえた。 風は吹いているのに、 その歌は風の音ではなく、 どこか人の声に似ていた。 「……ヒュウ……ヒュウ……」 草原の動物たちは怯えた。 「風の底に“白い面”が現れた」 「面が歌うと、風が止まる」 「風の心が凍ってしまう」 その噂は、 風のカムイ・レラの耳にも届いた。 レラ・カムイは風を読み、 深く息を吐いた。 「……風の底で“白い面”が歌っている。 あれは、風の心の迷いだ」 ■ 風の底を読む少女草原の村に、 風の揺れを読むことができる少女がいた。 名を カザハ・メノコ。 風の歌、風の涙、風の影を感じ取ることができた。 ある朝、少女は風に触れ、 胸が締めつけられた。 「……風が泣いてる…… 風の底で、誰かが歌ってる…… 風が……迷ってる……」 そのとき、レラ・カムイが現れた。 「カザハ・メノコよ、 風の底に“白い面”が現れた。 風の心が揺れ、 迷いが面となって歌っている」 少女は息を呑んだ。 「風が……迷っているの……?」 レラ・カムイは頷いた。 「風は世界を巡るが、 ときに自分の役目を疑う。 “わたしの歌は誰にも届かないのではないか” その迷いが積もれば、 白い面が生まれる」 ■ 風の底へ向かう少女はレラ・カムイとともに 風の底へ向かった。 風の底は、 草原の地下に広がる見えない世界。 風が沈み、 風が眠り、 風の記憶が漂う場所だった。 風の道が開き、 少女はその中へ飛び込んだ。 風の底は暗く、 風の歌が途切れ、 風の涙が霧となって漂っていた。 その中心に―― 白い面 が浮かんでいた。 面は白く、 光を吸い込み、 風の歌を吐き出していた。 「……ヒュウ……ヒュウ……」 ■ 白い面の声少女は震えながら言った。 「あなたが……風を迷わせているの?」 白い面は歌うように答えた。 「……わたしは……風の迷い…… 風は……世界を巡る…… 涙を運び…… 悲しみを乾かし…… 歌を届ける…… だが……誰も……風の歌を聞かない…… だから……わたしは生まれた…… 風の歌を……代わりに歌うために……」 少女は胸が痛くなった。 「風の歌は……届いてるよ。 わたしは風の歌に救われた。 風は世界を包んでる。 誰も気づかなくても、 風はみんなを支えてる」 白い面は揺れた。 「……支えている……? わたしは…… 誰にも聞かれぬ歌を…… 歌い続けている……」 ■ 風の迷いレラ・カムイは静かに言った。 「風は世界を巡るが、 その歌が届いているかどうか、 ときに不安になる。 その不安が積もれば、 白い面が生まれる」 少女は白い面に近づいた。 「風は……迷っていいんだよ。 迷うからこそ、 風は優しくなれるんだよ」 白い面は震えた。 「……迷って……いい……?」 ■ 風の試練そのとき、風の底が揺れた。 風が渦を巻き、 白い面を包み込んだ。 「……迷えば……風は弱くなる…… 風は……迷ってはいけない…… 風は……強くなければ……」 少女は叫んだ。 「そんなことない! 風は迷ってもいい! 迷うから、風は世界を感じられるんだよ!」 白い面は揺れた。 「……わたしは…… 風の迷い…… 迷うために生まれた…… でも……迷ってはいけない……?」 少女は手を伸ばした。 「迷っていい。 迷うことは弱さじゃない。 風は世界を巡るんだもの。 迷うのは、世界を感じている証だよ」 ■ 白い面の浄化少女の言葉が風の底に響き、 白い面は光を帯び始めた。 「……あたたかい…… これは……風の心……?」 レラ・カムイは言った。 「迷いは風を弱くしない。 迷いは風を深くする。 おまえは風の迷い。 迷いを手放せば、風は自由になる」 白い面は大きく歌い、 その歌は光となって風に溶けた。 やがて、白い面は光に包まれ、 風の中へ消えていった。 ■ 風の帰還風は強く吹き、 草原は揺れ、 空は澄んだ。 レラ・カムイは少女に言った。 「おまえの心が、風の迷いを癒した。 風は迷ってもよい。 迷いは風を深くする」 少女は風に向かって言った。 「これからも、風の歌を聞かせてね」 風は優しく吹き、 少女の髪を揺らした。 ■ その後の世界それ以来、 風がひときわ柔らかく吹く日には、 人々はこう言うようになった。 「あれは、風の底で歌っていた白い面が 迷いを風に返した証だ」 風は今日も世界を巡り、 迷いを抱き、 それでも歌い続けている。 |