「アイヌ神話・民話体系」全60話 第50話 風の底で歌う白い面https://ganta.sa-suke.com/1050.html

Ⅰ 自然とカムイの章(1〜15話)

第1話 風のカムイが最初に歌った日
第2話 大地を抱くクマのカムイ
第3話 川の女神トゥラノの涙
第4話 
火のカムイと雪のカムイの争い
第5話 海霧を運ぶシャチの精霊
第6話 森の影を食べるフクロウの伝承
第7話 山の心臓が鳴る夜
第8話 雷のカムイが子を授ける話
第9話 霧の中で迷う鹿の魂
第10話 星を拾った少年
第11話 氷の裂け目に住む古い神
第12話 風を縫う少女と草原の歌
第13話 湖の底の鏡の国
第14話 木の根が語る千年前の記憶
第15話 太陽を背負ったカラスの旅

Ⅱ 生活と知恵の章(16〜30話)

第16話 最初のアットゥシ織り
第17話 狩人と弓の精霊の契約
第18話 鮭を呼ぶ歌の誕生
第19話 村を救った薬草の物語
第20話 海を渡る影の船
第21話 風の穴に落ちた少年
第22話 火の鳥が落とした赤い羽
第23話 熊送りの儀式が生まれた日
第24話 星を喰べた山の巨人
第25話 霧の森で笑う子どもたち
第26話 夜明けを運ぶ白い狼
第27話 影を縫う蜘蛛の巣
第28話 風の骨を拾う少年
第29話 月影を抱く黒鹿の旅
第30話 海底に沈んだ風の鈴

Ⅲ 戦いと民族の記憶の章(31〜50話)

第31話 森を歩く影の鹿角
第32話 雪を食べる白い影
第33話 風を忘れた山の梟
第34話 影を渡る黒い舟
第35話 星明かりを飲む黒い鳥
第36話 夜の川を渡る赤い魚
第37話 影を食べる黒い霧
第38話 風の底で眠る青い石
第39話 最後の戦いと雪嵐の夜
第40話 霧の海で歌う青い鯨
第41話 影の森で眠る黒い花
第42話 星の底で笑う赤い面
第43話 風の声を盗む黒い羽
第44話 雪の底で笑う白い面
第45話 夜明けを盗む黒い狼
第46話 影の海で眠る青い面
第47話 風の森で泣く白い鳥
第48話 月の森で歌う黒い鹿
第49話 影の谷で眠る赤い狐
第50話 風の底で歌う白い面

Ⅳ 星・海・影・雪・風 「鳥・鯨・狐・面・鹿」(51〜60話)

第51話 星の森で眠る青い鳥
第52話 海の底で笑う黒い鯨
第53話 影の森で歌う白い狐
第54話 雪の森で眠る黒い面
第55話 風の影で笑う青い狐
第56話 月の底で眠る白い鳥
第57話 影の底で笑う黒い鳥
第58話 風の森で眠る赤い鳥
第59話 星の底で笑う白い狐
第60話 雪の底で歌う黒い鹿

第50話 風の底で歌う白い面

世界がまだ若く、風のカムイが歌い、大地のクマのカムイが眠りを守り、火の鳥が赤い羽を広げ、白い狼が夜明けを運び、黒鹿が月影を抱いて旅をし、影の谷で眠る赤い狐が怒りを光に返したころ。  その草原に、誰も聞いたことのない歌が響き始めた。

風の底から、白い歌声が聞こえた。

風は吹いているのに、  その歌は風の音ではなく、  どこか人の声に似ていた。

「……ヒュウ……ヒュウ……」

草原の動物たちは怯えた。

「風の底に“白い面”が現れた」  「面が歌うと、風が止まる」  「風の心が凍ってしまう」

その噂は、  風のカムイ・レラの耳にも届いた。

レラ・カムイは風を読み、  深く息を吐いた。

「……風の底で“白い面”が歌っている。   あれは、風の心の迷いだ」

■ 風の底を読む少女

草原の村に、  風の揺れを読むことができる少女がいた。

名を カザハ・メノコ。  風の歌、風の涙、風の影を感じ取ることができた。

ある朝、少女は風に触れ、  胸が締めつけられた。

「……風が泣いてる……   風の底で、誰かが歌ってる……   風が……迷ってる……」

そのとき、レラ・カムイが現れた。

「カザハ・メノコよ、   風の底に“白い面”が現れた。   風の心が揺れ、   迷いが面となって歌っている」

少女は息を呑んだ。

「風が……迷っているの……?」

レラ・カムイは頷いた。

「風は世界を巡るが、   ときに自分の役目を疑う。   “わたしの歌は誰にも届かないのではないか”   その迷いが積もれば、   白い面が生まれる」

■ 風の底へ向かう

少女はレラ・カムイとともに  風の底へ向かった。

風の底は、  草原の地下に広がる見えない世界。

風が沈み、  風が眠り、  風の記憶が漂う場所だった。

風の道が開き、  少女はその中へ飛び込んだ。

風の底は暗く、  風の歌が途切れ、  風の涙が霧となって漂っていた。

その中心に――  白い面 が浮かんでいた。

面は白く、  光を吸い込み、  風の歌を吐き出していた。

「……ヒュウ……ヒュウ……」

■ 白い面の声

少女は震えながら言った。

「あなたが……風を迷わせているの?」

白い面は歌うように答えた。

「……わたしは……風の迷い……   風は……世界を巡る……   涙を運び……   悲しみを乾かし……   歌を届ける……   だが……誰も……風の歌を聞かない……   だから……わたしは生まれた……   風の歌を……代わりに歌うために……」

少女は胸が痛くなった。

「風の歌は……届いてるよ。   わたしは風の歌に救われた。   風は世界を包んでる。   誰も気づかなくても、   風はみんなを支えてる」

白い面は揺れた。

「……支えている……?   わたしは……   誰にも聞かれぬ歌を……   歌い続けている……」

■ 風の迷い

レラ・カムイは静かに言った。

「風は世界を巡るが、   その歌が届いているかどうか、   ときに不安になる。   その不安が積もれば、   白い面が生まれる」

少女は白い面に近づいた。

「風は……迷っていいんだよ。   迷うからこそ、   風は優しくなれるんだよ」

白い面は震えた。

「……迷って……いい……?」

■ 風の試練

そのとき、風の底が揺れた。

風が渦を巻き、  白い面を包み込んだ。

「……迷えば……風は弱くなる……   風は……迷ってはいけない……   風は……強くなければ……」

少女は叫んだ。

「そんなことない!   風は迷ってもいい!   迷うから、風は世界を感じられるんだよ!」

白い面は揺れた。

「……わたしは……   風の迷い……   迷うために生まれた……   でも……迷ってはいけない……?」

少女は手を伸ばした。

「迷っていい。   迷うことは弱さじゃない。   風は世界を巡るんだもの。   迷うのは、世界を感じている証だよ」

■ 白い面の浄化

少女の言葉が風の底に響き、  白い面は光を帯び始めた。

「……あたたかい……   これは……風の心……?」

レラ・カムイは言った。

「迷いは風を弱くしない。   迷いは風を深くする。   おまえは風の迷い。   迷いを手放せば、風は自由になる」

白い面は大きく歌い、  その歌は光となって風に溶けた。

やがて、白い面は光に包まれ、  風の中へ消えていった。

■ 風の帰還

風は強く吹き、  草原は揺れ、  空は澄んだ。

レラ・カムイは少女に言った。

「おまえの心が、風の迷いを癒した。   風は迷ってもよい。   迷いは風を深くする」

少女は風に向かって言った。

「これからも、風の歌を聞かせてね」

風は優しく吹き、  少女の髪を揺らした。

■ その後の世界

それ以来、  風がひときわ柔らかく吹く日には、  人々はこう言うようになった。

「あれは、風の底で歌っていた白い面が  迷いを風に返した証だ」

風は今日も世界を巡り、  迷いを抱き、  それでも歌い続けている。