「アイヌ神話・民話体系」全60話 第48話 月の森で歌う黒い鹿https://ganta.sa-suke.com/1048.html

Ⅰ 自然とカムイの章(1〜15話)

第1話 風のカムイが最初に歌った日
第2話 大地を抱くクマのカムイ
第3話 川の女神トゥラノの涙
第4話 
火のカムイと雪のカムイの争い
第5話 海霧を運ぶシャチの精霊
第6話 森の影を食べるフクロウの伝承
第7話 山の心臓が鳴る夜
第8話 雷のカムイが子を授ける話
第9話 霧の中で迷う鹿の魂
第10話 星を拾った少年
第11話 氷の裂け目に住む古い神
第12話 風を縫う少女と草原の歌
第13話 湖の底の鏡の国
第14話 木の根が語る千年前の記憶
第15話 太陽を背負ったカラスの旅

Ⅱ 生活と知恵の章(16〜30話)

第16話 最初のアットゥシ織り
第17話 狩人と弓の精霊の契約
第18話 鮭を呼ぶ歌の誕生
第19話 村を救った薬草の物語
第20話 海を渡る影の船
第21話 風の穴に落ちた少年
第22話 火の鳥が落とした赤い羽
第23話 熊送りの儀式が生まれた日
第24話 星を喰べた山の巨人
第25話 霧の森で笑う子どもたち
第26話 夜明けを運ぶ白い狼
第27話 影を縫う蜘蛛の巣
第28話 風の骨を拾う少年
第29話 月影を抱く黒鹿の旅
第30話 海底に沈んだ風の鈴

Ⅲ 戦いと民族の記憶の章(31〜50話)

第31話 森を歩く影の鹿角
第32話 雪を食べる白い影
第33話 風を忘れた山の梟
第34話 影を渡る黒い舟
第35話 星明かりを飲む黒い鳥
第36話 夜の川を渡る赤い魚
第37話 影を食べる黒い霧
第38話 風の底で眠る青い石
第39話 最後の戦いと雪嵐の夜
第40話 霧の海で歌う青い鯨
第41話 影の森で眠る黒い花
第42話 星の底で笑う赤い面
第43話 風の声を盗む黒い羽
第44話 雪の底で笑う白い面
第45話 夜明けを盗む黒い狼
第46話 影の海で眠る青い面
第47話 風の森で泣く白い鳥
第48話 月の森で歌う黒い鹿
第49話 影の谷で眠る赤い狐
第50話 風の底で歌う白い面

Ⅳ 星・海・影・雪・風 「鳥・鯨・狐・面・鹿」(51〜60話)

第51話 星の森で眠る青い鳥
第52話 海の底で笑う黒い鯨
第53話 影の森で歌う白い狐
第54話 雪の森で眠る黒い面
第55話 風の影で笑う青い狐
第56話 月の底で眠る白い鳥
第57話 影の底で笑う黒い鳥
第58話 風の森で眠る赤い鳥
第59話 星の底で笑う白い狐
第60話 雪の底で歌う黒い鹿

第48話 月の森で歌う黒い鹿

世界がまだ若く、風のカムイが歌い、大地のクマのカムイが眠りを守り、火の鳥が赤い羽を広げ、白い狼が夜明けを運び、青い鯨が海の記憶を洗い、風の森で白い鳥が涙を風に返したころ。  その夜、月の森に奇妙な歌声が響いた。

「……ホォォ……ホォォ……」

それは鹿の声に似ていたが、  どこか深く、  どこか悲しく、  月の光を震わせるような響きだった。

森の動物たちは囁いた。

「月の森に“黒い鹿”が現れた」  「鹿が歌うと、月が揺れる」 「月影が乱れている」

その噂は、  月影を抱く黒鹿 クル・ユク の耳にも届いた。

クル・ユクは月影の揺れを読み、  静かに言った。

「……月の森で“黒い鹿”が歌っている。   あれは、わたしの影だ」

■ 月の森を知る少女

月の光を読むことができる少女がいた。

名を ツキヨ・メノコ。  月の揺れ、月の影、月の涙を感じ取ることができた。

その夜、少女は空を見上げて震えた。

「……月が泣いてる……   月影が揺れてる……   黒い鹿が、月の心を歌ってる……」

クル・ユクが少女の前に現れた。

「ツキヨ・メノコよ、   月の森に“黒い鹿”が現れた。   あれはわたしの影。   月の心が揺れたとき、   影が鹿となって歌うのだ」

少女は息を呑んだ。

「あなたの……影……?」

■ 黒い鹿の歌

クル・ユクと少女は月の森へ向かった。

森は静かで、  月の光は揺れ、  木々は影を長く伸ばしていた。

やがて、森の奥で  黒い光が揺れた。

そこに――  黒い鹿 がいた。

その体は夜の闇のように黒く、  瞳は月の光を映し、  角は影のように揺れていた。

黒い鹿は歌っていた。

「……ホォォ……ホォォ……」

その歌は、  月の涙を呼ぶような悲しい響きだった。

少女は胸が締めつけられた。

「……この歌……   月が泣いてるみたい……」

■ 黒い鹿の正体

黒い鹿は少女に気づき、  低く囁いた。

「……わたしは……クル・ユクの影……   月影を抱く鹿の……迷い……   月が揺れれば……   わたしは歌う……   月の涙を……歌に変えて……」

少女は震えた。

「月が……迷っているの……?」

クル・ユクは静かに言った。

「月は光を放つが、   その光が誰かを傷つけるのではないかと   迷うことがある。   その迷いが影となり、   黒い鹿を生むのだ」

少女は胸に手を当てた。

「月は……誰も傷つけないよ。   月の光は優しいもの」

黒い鹿は揺れた。

「……優しい……?   わたしは……光が怖い……   光が強すぎれば……   影は消える……   わたしは……消えたくない……」

■ 影の試練

黒い鹿は少女に近づいた。

「……お第47話 風の森で泣く白い鳥えも……迷っている……   月を救えるのか……   影を癒せるのか……   その迷いを……わたしに寄こせ……   わたしは……迷いを喰う……」

少女は後ずさった。

――わたしは月を救えるのか。  ――黒い鹿に勝てるのか。 ――月影を取り戻せるのか。

クル・ユクが叫んだ。

「心を強く持て!   迷いは影だ!   影は心の揺れを映すだけだ!」

少女は深く息を吸い、  黒い鹿に向かって叫んだ。

「月は弱くない!   月の光は優しい!   影を消すための光じゃない!   影と光は、いっしょにあるもの!   影は光の友だよ!」

黒い鹿は震えた。

「……影は……光の友……?」

■ 黒い鹿の浄化

少女の言葉が月の森に響き、  黒い鹿は光を帯び始めた。

「……あたたかい……   これは……月の心……?」

クル・ユクは言った。

「影は光を恐れぬ。   光があるから影は生まれる。   おまえはわたしの迷い。   迷いを手放せば、影は自由になる」

黒い鹿はゆっくりと光に包まれ、  影の霧となって消えていった。

月の光は澄み、  森は静かに輝いた。

■ 月の帰還

少女とクル・ユクは夜空を見上げた。

月は大きく輝き、  影はしっかりと寄り添っていた。

月の子の声が響いた。

「……ありがとう……   月の迷いが消えた……   光が戻った……」

少女は微笑んだ。

「月は……もう大丈夫だね」

クル・ユクは静かに頷いた。

■ その後の世界

それ以来、  月がひときわ美しく輝く夜には、  人々はこう言うようになった。

「あれは、月の森で歌っていた黒い鹿が  迷いを光に返した証だ」

月は今日も夜空を照らし、  影とともに静かに旅を続けている。