| Tweet 「アイヌ神話・民話体系」全60話 第48話 月の森で歌う黒い鹿https://ganta.sa-suke.com/1048.html | |
Ⅰ 自然とカムイの章(1〜15話) 第1話 風のカムイが最初に歌った日 第2話 大地を抱くクマのカムイ 第3話 川の女神トゥラノの涙 第4話 火のカムイと雪のカムイの争い 第5話 海霧を運ぶシャチの精霊 第6話 森の影を食べるフクロウの伝承 第7話 山の心臓が鳴る夜 第8話 雷のカムイが子を授ける話 第9話 霧の中で迷う鹿の魂 第10話 星を拾った少年 第11話 氷の裂け目に住む古い神 第12話 風を縫う少女と草原の歌 第13話 湖の底の鏡の国 第14話 木の根が語る千年前の記憶 第15話 太陽を背負ったカラスの旅 Ⅱ 生活と知恵の章(16〜30話)第16話 最初のアットゥシ織り Ⅲ 戦いと民族の記憶の章(31〜50話)第31話 森を歩く影の鹿角
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第48話 月の森で歌う黒い鹿 世界がまだ若く、風のカムイが歌い、大地のクマのカムイが眠りを守り、火の鳥が赤い羽を広げ、白い狼が夜明けを運び、青い鯨が海の記憶を洗い、風の森で白い鳥が涙を風に返したころ。 その夜、月の森に奇妙な歌声が響いた。 「……ホォォ……ホォォ……」 それは鹿の声に似ていたが、 どこか深く、 どこか悲しく、 月の光を震わせるような響きだった。 森の動物たちは囁いた。 「月の森に“黒い鹿”が現れた」 「鹿が歌うと、月が揺れる」 「月影が乱れている」 その噂は、 月影を抱く黒鹿 クル・ユク の耳にも届いた。 クル・ユクは月影の揺れを読み、 静かに言った。 「……月の森で“黒い鹿”が歌っている。 あれは、わたしの影だ」 ■ 月の森を知る少女月の光を読むことができる少女がいた。 名を ツキヨ・メノコ。 月の揺れ、月の影、月の涙を感じ取ることができた。 その夜、少女は空を見上げて震えた。 「……月が泣いてる…… 月影が揺れてる…… 黒い鹿が、月の心を歌ってる……」 クル・ユクが少女の前に現れた。 「ツキヨ・メノコよ、 月の森に“黒い鹿”が現れた。 あれはわたしの影。 月の心が揺れたとき、 影が鹿となって歌うのだ」 少女は息を呑んだ。 「あなたの……影……?」 ■ 黒い鹿の歌クル・ユクと少女は月の森へ向かった。 森は静かで、 月の光は揺れ、 木々は影を長く伸ばしていた。 やがて、森の奥で 黒い光が揺れた。 そこに―― 黒い鹿 がいた。 その体は夜の闇のように黒く、 瞳は月の光を映し、 角は影のように揺れていた。 黒い鹿は歌っていた。 「……ホォォ……ホォォ……」 その歌は、 月の涙を呼ぶような悲しい響きだった。 少女は胸が締めつけられた。 「……この歌…… 月が泣いてるみたい……」 ■ 黒い鹿の正体黒い鹿は少女に気づき、 低く囁いた。 「……わたしは……クル・ユクの影…… 月影を抱く鹿の……迷い…… 月が揺れれば…… わたしは歌う…… 月の涙を……歌に変えて……」 少女は震えた。 「月が……迷っているの……?」 クル・ユクは静かに言った。 「月は光を放つが、 その光が誰かを傷つけるのではないかと 迷うことがある。 その迷いが影となり、 黒い鹿を生むのだ」 少女は胸に手を当てた。 「月は……誰も傷つけないよ。 月の光は優しいもの」 黒い鹿は揺れた。 「……優しい……? わたしは……光が怖い…… 光が強すぎれば…… 影は消える…… わたしは……消えたくない……」 ■ 影の試練黒い鹿は少女に近づいた。 「……お第47話 風の森で泣く白い鳥えも……迷っている…… 月を救えるのか…… 影を癒せるのか…… その迷いを……わたしに寄こせ…… わたしは……迷いを喰う……」 少女は後ずさった。 ――わたしは月を救えるのか。 ――黒い鹿に勝てるのか。 ――月影を取り戻せるのか。 クル・ユクが叫んだ。 「心を強く持て! 迷いは影だ! 影は心の揺れを映すだけだ!」 少女は深く息を吸い、 黒い鹿に向かって叫んだ。 「月は弱くない! 月の光は優しい! 影を消すための光じゃない! 影と光は、いっしょにあるもの! 影は光の友だよ!」 黒い鹿は震えた。 「……影は……光の友……?」 ■ 黒い鹿の浄化少女の言葉が月の森に響き、 黒い鹿は光を帯び始めた。 「……あたたかい…… これは……月の心……?」 クル・ユクは言った。 「影は光を恐れぬ。 光があるから影は生まれる。 おまえはわたしの迷い。 迷いを手放せば、影は自由になる」 黒い鹿はゆっくりと光に包まれ、 影の霧となって消えていった。 月の光は澄み、 森は静かに輝いた。 ■ 月の帰還少女とクル・ユクは夜空を見上げた。 月は大きく輝き、 影はしっかりと寄り添っていた。 月の子の声が響いた。 「……ありがとう…… 月の迷いが消えた…… 光が戻った……」 少女は微笑んだ。 「月は……もう大丈夫だね」 クル・ユクは静かに頷いた。 ■ その後の世界それ以来、 月がひときわ美しく輝く夜には、 人々はこう言うようになった。 「あれは、月の森で歌っていた黒い鹿が 迷いを光に返した証だ」 月は今日も夜空を照らし、 影とともに静かに旅を続けている。 |