| Tweet 「アイヌ神話・民話体系」全60話 第54話 雪の森で眠る黒い面https://ganta.sa-suke.com/1054.html | |
Ⅰ 自然とカムイの章(1〜15話) 第1話 風のカムイが最初に歌った日 第2話 大地を抱くクマのカムイ 第3話 川の女神トゥラノの涙 第4話 火のカムイと雪のカムイの争い 第5話 海霧を運ぶシャチの精霊 第6話 森の影を食べるフクロウの伝承 第7話 山の心臓が鳴る夜 第8話 雷のカムイが子を授ける話 第9話 霧の中で迷う鹿の魂 第10話 星を拾った少年 第11話 氷の裂け目に住む古い神 第12話 風を縫う少女と草原の歌 第13話 湖の底の鏡の国 第14話 木の根が語る千年前の記憶 第15話 太陽を背負ったカラスの旅 Ⅱ 生活と知恵の章(16〜30話)第16話 最初のアットゥシ織り Ⅲ 戦いと民族の記憶の章(31〜50話)第31話 森を歩く影の鹿角
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第54話 雪の森で眠る黒い面 世界がまだ若く、風のカムイが歌い、大地のクマのカムイが眠りを守り、火の鳥が赤い羽を広げ、白い狼が夜明けを運び、影の森で白い狐が孤独を光に返したころ。 その冬、雪の森に奇妙な静けさが訪れた。 雪が降らなかった。 空は灰色なのに、 風は冷たいのに、 雪は一片も落ちてこなかった。 森の動物たちは囁いた。 「雪の森に“黒い面”が眠っている」 「面が眠ると、雪が止まる」 「雪の心が凍ってしまった」 その噂は、 雪の気配を読む少年 ユキト・シモ の耳にも届いた。 少年は雪原に立ち、 空を見上げて震えた。 「……雪が泣いてる…… 雪の心が……どこかで眠ってる……」 ■ 雪の森へ向かう雪の森は、 冬になると雪の精霊たちが集まる場所。 木々は白い衣をまとい、 風は雪の歌を運び、 森全体が冬の心臓のようだった。 だがその日、森は静かすぎた。 雪の気配が薄く、 風は重く、 木々は凍ったように動かなかった。 ユキト・シモは雪の揺れを辿り、 森の奥へ進んだ。 やがて、白い霧の中に 黒い影が見えた。 そこに―― 黒い面 が眠っていた。 面は黒く、 雪の光を吸い込み、 冷たい息を吐いていた。 ■ 黒い面の声少年が近づくと、 黒い面はゆっくりと目を開けた。 「……わたしは……雪の影…… 雪は……消える…… 春が来れば……溶ける…… だから……雪は恐れている…… 消えることを…… 忘れられることを…… その恐れが……わたしを生んだ……」 少年は息を呑んだ。 「雪が……消えるのを恐れている……?」 黒い面は続けた。 「……雪は……儚い…… 降れば溶け…… 積もれば消え…… 誰も……雪の心を見ない…… だから……雪は眠った…… わたしの中で……」 少年は胸が痛くなった。 「雪は……消えないよ。 雪は巡るんだ。 冬が来れば、また戻ってくる」 ■ 雪の心の凍りつきそのとき、森が揺れた。 雪の影が渦を巻き、 黒い面を包み込んだ。 「……雪は……弱い…… 光に溶け…… 風に消え…… 春に忘れられる…… だから……眠る…… 眠れば……消えない……」 少年は影に飲まれそうになりながら叫んだ。 「雪は弱くない! 雪は世界を包むんだ! 雪があるから、冬は美しいんだよ!」 黒い面は揺れた。 「……美しい……? わたしは……消えるだけの存在では……ない……?」 ■ 雪の試練影の渦が少年に問いかけた。 「……おまえも……恐れている…… 雪を救えぬことを…… 冬を守れぬことを…… その恐れを……わたしに寄こせ…… わたしは……恐れを喰う……」 少年は震えた。 ――ぼくは雪を救えるのか。 ――黒い面に勝てるのか。 ――雪の心を取り戻せるのか。 雪の精霊エトゥン・ユクの声が響いた。 「心を強く持て! 雪は消えぬ。 雪は巡る。 恐れは影だ。 影は心の揺れを映すだけだ!」 少年は深く息を吸い、 黒い面に向かって叫んだ。 「雪は消えない! 雪は巡るんだ! 冬が終わっても、 また冬が来る! 雪は世界の旅人だよ!」 黒い面は震えた。 「……雪は……巡る……?」 ■ 黒い面の浄化少年の言葉が雪の森に響き、 黒い面は光を帯び始めた。 「……あたたかい…… これは……雪の心……?」 エトゥン・ユクは言った。 「恐れは光に照らされれば消える。 おまえは雪の恐れ。 恐れを手放せば、雪は自由になる」 黒い面はゆっくりと光に包まれ、 雪の霧となって消えていった。 雪の森は静かに輝き、 空から白い雪が舞い始めた。 ■ 雪の帰還雪は軽く、 風は澄み、 森は冬の息を取り戻した。 エトゥン・ユクは少年に言った。 「おまえの心が、雪の恐れを癒した。 雪は巡る。 それを思い出したのだ」 少年は空を見上げた。 「雪……おかえり」 雪は優しく舞い、 少年の肩に落ちた。 ■ その後の世界それ以来、 雪がひときわ静かに降る夜には、 人々はこう言うようになった。 「あれは、雪の森で眠っていた黒い面が 恐れを光に返した証だ」 雪は今日も静かに降り、 季節を巡る旅を続けている。 |