「アイヌ神話・民話体系」全60話 第54話 雪の森で眠る黒い面https://ganta.sa-suke.com/1054.html

Ⅰ 自然とカムイの章(1〜15話)

第1話 風のカムイが最初に歌った日
第2話 大地を抱くクマのカムイ
第3話 川の女神トゥラノの涙
第4話 
火のカムイと雪のカムイの争い
第5話 海霧を運ぶシャチの精霊
第6話 森の影を食べるフクロウの伝承
第7話 山の心臓が鳴る夜
第8話 雷のカムイが子を授ける話
第9話 霧の中で迷う鹿の魂
第10話 星を拾った少年
第11話 氷の裂け目に住む古い神
第12話 風を縫う少女と草原の歌
第13話 湖の底の鏡の国
第14話 木の根が語る千年前の記憶
第15話 太陽を背負ったカラスの旅

Ⅱ 生活と知恵の章(16〜30話)

第16話 最初のアットゥシ織り
第17話 狩人と弓の精霊の契約
第18話 鮭を呼ぶ歌の誕生
第19話 村を救った薬草の物語
第20話 海を渡る影の船
第21話 風の穴に落ちた少年
第22話 火の鳥が落とした赤い羽
第23話 熊送りの儀式が生まれた日
第24話 星を喰べた山の巨人
第25話 霧の森で笑う子どもたち
第26話 夜明けを運ぶ白い狼
第27話 影を縫う蜘蛛の巣
第28話 風の骨を拾う少年
第29話 月影を抱く黒鹿の旅
第30話 海底に沈んだ風の鈴

Ⅲ 戦いと民族の記憶の章(31〜50話)

第31話 森を歩く影の鹿角
第32話 雪を食べる白い影
第33話 風を忘れた山の梟
第34話 影を渡る黒い舟
第35話 星明かりを飲む黒い鳥
第36話 夜の川を渡る赤い魚
第37話 影を食べる黒い霧
第38話 風の底で眠る青い石
第39話 最後の戦いと雪嵐の夜
第40話 霧の海で歌う青い鯨
第41話 影の森で眠る黒い花
第42話 星の底で笑う赤い面
第43話 風の声を盗む黒い羽
第44話 雪の底で笑う白い面
第45話 夜明けを盗む黒い狼
第46話 影の海で眠る青い面
第47話 風の森で泣く白い鳥
第48話 月の森で歌う黒い鹿
第49話 影の谷で眠る赤い狐
第50話 風の底で歌う白い面

Ⅳ 星・海・影・雪・風 「鳥・鯨・狐・面・鹿」(51〜60話)

第51話 星の森で眠る青い鳥
第52話 海の底で笑う黒い鯨
第53話 影の森で歌う白い狐
第54話 雪の森で眠る黒い面
第55話 風の影で笑う青い狐
第56話 月の底で眠る白い鳥
第57話 影の底で笑う黒い鳥
第58話 風の森で眠る赤い鳥
第59話 星の底で笑う白い狐
第60話 雪の底で歌う黒い鹿

第54話 雪の森で眠る黒い面

世界がまだ若く、風のカムイが歌い、大地のクマのカムイが眠りを守り、火の鳥が赤い羽を広げ、白い狼が夜明けを運び、影の森で白い狐が孤独を光に返したころ。  その冬、雪の森に奇妙な静けさが訪れた。

雪が降らなかった。

空は灰色なのに、  風は冷たいのに、  雪は一片も落ちてこなかった。

森の動物たちは囁いた。

「雪の森に“黒い面”が眠っている」  「面が眠ると、雪が止まる」  「雪の心が凍ってしまった」

その噂は、  雪の気配を読む少年 ユキト・シモ の耳にも届いた。

少年は雪原に立ち、  空を見上げて震えた。

「……雪が泣いてる……   雪の心が……どこかで眠ってる……」

■ 雪の森へ向かう

雪の森は、  冬になると雪の精霊たちが集まる場所。

木々は白い衣をまとい、  風は雪の歌を運び、  森全体が冬の心臓のようだった。

だがその日、森は静かすぎた。

雪の気配が薄く、  風は重く、  木々は凍ったように動かなかった。

ユキト・シモは雪の揺れを辿り、  森の奥へ進んだ。

やがて、白い霧の中に  黒い影が見えた。

そこに――  黒い面 が眠っていた。

面は黒く、  雪の光を吸い込み、  冷たい息を吐いていた。

■ 黒い面の声

少年が近づくと、  黒い面はゆっくりと目を開けた。

「……わたしは……雪の影……   雪は……消える……   春が来れば……溶ける……   だから……雪は恐れている……   消えることを……   忘れられることを……   その恐れが……わたしを生んだ……」

少年は息を呑んだ。

「雪が……消えるのを恐れている……?」

黒い面は続けた。

「……雪は……儚い……   降れば溶け……   積もれば消え……   誰も……雪の心を見ない……   だから……雪は眠った……   わたしの中で……」

少年は胸が痛くなった。

「雪は……消えないよ。   雪は巡るんだ。   冬が来れば、また戻ってくる」

■ 雪の心の凍りつき

そのとき、森が揺れた。

雪の影が渦を巻き、  黒い面を包み込んだ。

「……雪は……弱い……   光に溶け……   風に消え……   春に忘れられる……   だから……眠る……   眠れば……消えない……」

少年は影に飲まれそうになりながら叫んだ。

「雪は弱くない!   雪は世界を包むんだ!   雪があるから、冬は美しいんだよ!」

黒い面は揺れた。

「……美しい……?   わたしは……消えるだけの存在では……ない……?」

■ 雪の試練

影の渦が少年に問いかけた。

「……おまえも……恐れている……   雪を救えぬことを……   冬を守れぬことを……   その恐れを……わたしに寄こせ……   わたしは……恐れを喰う……」

少年は震えた。

――ぼくは雪を救えるのか。  ――黒い面に勝てるのか。 ――雪の心を取り戻せるのか。

雪の精霊エトゥン・ユクの声が響いた。

「心を強く持て!   雪は消えぬ。   雪は巡る。   恐れは影だ。   影は心の揺れを映すだけだ!」

少年は深く息を吸い、  黒い面に向かって叫んだ。

「雪は消えない!   雪は巡るんだ!   冬が終わっても、   また冬が来る!   雪は世界の旅人だよ!」

黒い面は震えた。

「……雪は……巡る……?」

■ 黒い面の浄化

少年の言葉が雪の森に響き、  黒い面は光を帯び始めた。

「……あたたかい……   これは……雪の心……?」

エトゥン・ユクは言った。

「恐れは光に照らされれば消える。   おまえは雪の恐れ。   恐れを手放せば、雪は自由になる」

黒い面はゆっくりと光に包まれ、  雪の霧となって消えていった。

雪の森は静かに輝き、  空から白い雪が舞い始めた。

■ 雪の帰還

雪は軽く、  風は澄み、  森は冬の息を取り戻した。

エトゥン・ユクは少年に言った。

「おまえの心が、雪の恐れを癒した。   雪は巡る。  それを思い出したのだ」

少年は空を見上げた。

「雪……おかえり」

雪は優しく舞い、  少年の肩に落ちた。

■ その後の世界

それ以来、  雪がひときわ静かに降る夜には、  人々はこう言うようになった。

「あれは、雪の森で眠っていた黒い面が  恐れを光に返した証だ」

雪は今日も静かに降り、  季節を巡る旅を続けている。