「アイヌ神話・民話体系」全60話 第32話 雪を食べる白い影https://ganta.sa-suke.com/1032.html

Ⅰ 自然とカムイの章(1〜15話)

第1話 風のカムイが最初に歌った日
第2話 大地を抱くクマのカムイ
第3話 川の女神トゥラノの涙
第4話 
火のカムイと雪のカムイの争い
第5話 海霧を運ぶシャチの精霊
第6話 森の影を食べるフクロウの伝承
第7話 山の心臓が鳴る夜
第8話 雷のカムイが子を授ける話
第9話 霧の中で迷う鹿の魂
第10話 星を拾った少年
第11話 氷の裂け目に住む古い神
第12話 風を縫う少女と草原の歌
第13話 湖の底の鏡の国
第14話 木の根が語る千年前の記憶
第15話 太陽を背負ったカラスの旅

Ⅱ 生活と知恵の章(16〜30話)

第16話 最初のアットゥシ織り
第17話 狩人と弓の精霊の契約
第18話 鮭を呼ぶ歌の誕生
第19話 村を救った薬草の物語
第20話 海を渡る影の船
第21話 風の穴に落ちた少年
第22話 火の鳥が落とした赤い羽
第23話 熊送りの儀式が生まれた日
第24話 星を喰べた山の巨人
第25話 霧の森で笑う子どもたち
第26話 夜明けを運ぶ白い狼
第27話 影を縫う蜘蛛の巣
第28話 風の骨を拾う少年
第29話 月影を抱く黒鹿の旅
第30話 海底に沈んだ風の鈴

Ⅲ 戦いと民族の記憶の章(31〜50話)

第31話 森を歩く影の鹿角
第32話 雪を食べる白い影
第33話 風を忘れた山の梟
第34話 影を渡る黒い舟
第35話 星明かりを飲む黒い鳥
第36話 夜の川を渡る赤い魚
第37話 影を食べる黒い霧
第38話 風の底で眠る青い石
第39話 最後の戦いと雪嵐の夜
第40話 霧の海で歌う青い鯨
第41話 影の森で眠る黒い花
第42話 星の底で笑う赤い面
第43話 風の声を盗む黒い羽
第44話 雪の底で笑う白い面
第45話 夜明けを盗む黒い狼
第46話 影の海で眠る青い面
第47話 風の森で泣く白い鳥
第48話 月の森で歌う黒い鹿
第49話 影の谷で眠る赤い狐
第50話 風の底で歌う白い面

Ⅳ 星・海・影・雪・風 「鳥・鯨・狐・面・鹿」(51〜60話)

第51話 星の森で眠る青い鳥
第52話 海の底で笑う黒い鯨
第53話 影の森で歌う白い狐
第54話 雪の森で眠る黒い面
第55話 風の影で笑う青い狐
第56話 月の底で眠る白い鳥
第57話 影の底で笑う黒い鳥
第58話 風の森で眠る赤い鳥
第59話 星の底で笑う白い狐
第60話 雪の底で歌う黒い鹿

第32話 雪を食べる白い影

世界がまだ若く、風のカムイが歌い、大地のクマのカムイが眠りを守り、火の鳥が赤い羽を広げ、白い狼が夜明けを運び、黒鹿が月影を抱いて旅をし、森を歩く影の鹿角が森の心を整えていたころ。  その冬、雪原に奇妙な異変が起きた。

雪が消えていく。

降り積もったばかりの雪が、  朝になると跡形もなく消えている。

風が吹いたわけでもなく、  太陽が照ったわけでもない。

ただ、雪だけが静かに消えていた。

雪原の動物たちは不安に震えた。

「雪が……食べられている」  「雪を食べるものがいるのか」 「このままでは冬が終わってしまう」

その噂は、雪原の守り手である  霜をまとう鹿の王・エトゥン・ユク の耳にも届いた。

エトゥン・ユクは雪原を歩き、  雪の消えた跡を調べた。

そこには、  白い影のような足跡が残っていた。

「……白い影が、雪を食べている……」

■ 白い影の正体を追う

エトゥン・ユクは雪原の奥へ進み、  白い影の足跡を追った。

足跡は軽く、  雪を踏んでも沈まず、  まるで風のように滑っていた。

やがて、雪原の端で  ひとりの少年が現れた。

名を ユキ・シリ・ポロ。  雪の気配を読むことができる少年だった。

少年は鹿の王に言った。

「エトゥン・ユクさま、   雪を食べる白い影を見ました」

鹿の王は目を細めた。

「どんな姿だった」

少年は震えながら答えた。

「白い……人のような影でした。   雪を食べるたびに、   体が少しずつ大きくなっていくんです」

エトゥン・ユクは息を呑んだ。

「それは……“雪喰いの影(ユキ・ホロ・カゲ)” だ」

少年は驚いた。

「雪喰いの影……?」

■ 雪喰いの影とは

エトゥン・ユクは静かに語った。

「雪喰いの影は、   古い冬の残した“白い影”……   雪を食べて生きる存在だ。   だが、雪を食べすぎれば、   冬そのものが消えてしまう」

少年は青ざめた。

「冬が……消える……?」

「冬が消えれば、   雪原の動物たちは生きられぬ。   雪は眠りの布、   霜は命の息。   それがなくなれば、   世界は乱れる」

少年は拳を握った。

「ぼくも手伝います。   雪喰いの影を止めなければ」

エトゥン・ユクは頷いた。

「ならば、影の気配を追え。   おまえの雪の感覚が必要だ」

■ 雪喰いの影との遭遇

少年と鹿の王は雪原を進み、  やがて白い霧の中でそれを見つけた。

白い影は人の形をしていたが、  輪郭はぼやけ、  体は雪のように淡かった。

影は雪を掬い、  口のない顔に押し当てると、  雪は影の体に吸い込まれていった。

影は雪を食べるたびに、  体が大きく、濃くなっていった。

エトゥン・ユクが叫んだ。

「雪喰いの影よ、やめろ!   雪は世界の息だ!」

白い影はゆっくりと振り向いた。

「……さむい……   さむい……   だから……雪を……食べる……   あたたかく……なりたい……」

少年は驚いた。

「雪を食べると……暖かくなるの?」

影は震えながら言った。

「……雪は……わたしの……記憶……   雪を食べると……   わたしは……“わたし” に戻れる……   でも……足りない……   もっと……もっと……」

エトゥン・ユクは影の正体に気づいた。

「おまえは……   古い冬の“忘れられた子” か……」

■ 忘れられた冬の子

雪喰いの影は揺れた。

「……わたしは……   冬の子……   でも……忘れられた……   冬が弱ったとき……   わたしは……影になった……   雪を食べれば……   冬に戻れると……思った……」

少年は胸が痛くなった。

「だから雪を食べていたんだ……   自分を取り戻すために……」

影は震えた。

「……でも……   雪を食べても……   わたしは……戻れない……   ただ……空腹が……増えるだけ……」

エトゥン・ユクは静かに言った。

「雪はおまえの体を作るものではない。   おまえの心を作るものだ。   心が凍えたままでは、   いくら雪を食べても満たされぬ」

影は揺れた。

「……心……?」

■ 影の心を温める

少年は影に近づき、  そっと手を伸ばした。

「ぼくが……あなたを温めるよ」

影は後ずさった。

「……さわると……   おまえの影が……凍る……」

少年は首を振った。

「ぼくは雪が好きだ。   冬も好きだ。   あなたが冬の子なら、   ぼくはあなたを怖がらない」

少年の手が影に触れた瞬間、  影の体が震えた。

「……あたたかい……   これは……雪ではない……   これは……心……?」

エトゥン・ユクは頷いた。

「心の温もりが、   おまえを冬の子に戻すのだ」

影はゆっくりと光を帯び、  白い霧が晴れていった。

影の中から、  小さな白い子どもが現れた。

「……ぼく……   冬の子……   帰ってきた……」

■ その後の世界

冬の子は雪原に溶け、  雪は再び静かに降り始めた。

エトゥン・ユクは言った。

「冬は戻った。   雪はもう食べられぬ。   冬の子が帰ったからだ」

少年は微笑んだ。

「よかった……」

村人たちは雪が戻ったことを喜び、  こう言うようになった。

「雪が静かに降る夜は、  雪を食べた白い影が、  冬の子として眠っているのだ」

雪原は今日も白く輝き、  冬の子は静かに世界を見守っている。